大内義興イメージ画像
 瑠璃光寺の蓮池は、篠の言葉通り、蓮の花が満開であった。しかし、義興には花を愛でる心の余裕などなかった。父の政弘は病重く、もはや風前の灯と言ってよい。だが、それにも関わらず、なおも何者かの手によって、館内外のさまざまな情報を仕入れていた。
 無論、全ては義興の考え過ぎで、単に政弘の直感に基づいた推測であることも考えられる。ただし、気になりだすと、どこまでも気になってしまうのであった。万が一、鶴がまだ生きていて、この場所に身を隠していることまで知られていたら……。
 瑠璃光寺の常と変わらぬ穏やかな風景を目にして、義興の心は大分落ち着いた。しかし、やはり住職の顔を見るまでは安心できない。
 いつもの部屋で、その穏やかな微笑みを見て、やっと一息つくことができた義興であった。
「どうなされましたかな? なにやら随分とお心が乱れておいでのようですが」
「いや……鶴のことが、父上に知られているのではないかと気になってしまったのだ」
「御館で、なにかございましたかな」
「その……父上に呼ばれて、あれこれと話を聞かされたのだが、どうやら、館の外のことまで、随分と詳しくご存じであったのだ」
「ご当主であらせられるのですから、無論、領国内のことは、何もかも知りつくしておられましょうな」
 住職は茶をすすりながら、そんなことを呟くのであった。
 領国内のことを、何もかも? とんでもない……義興は現当主ではあったが、そんな城下の外れの民衆の生活など知りはしない。父はそれすら、知っているというのだろうか?
「それで、お父上とはどんなお話を?」
「……父上がなさったことすべてを語って下さった……」
 すべてと言い切るのはおかしいであろう。五十年もの間、父の生涯に起こったことを一つ一つ詳らかにしていくのは不可能だ。だが、無論、義興が知りたかったこと、父が叔父・弘護の死に関わっていたことを認めた、という意味で、すべてなのである。
「それはようございました」
「ようございました、ですと? ふん、そのように簡単にはいきませぬよ……何もかも話しては下さったようだが、ご自分のしたことについて、心を痛めるどころか、反省もなさってはおられぬ。しかも、この身もやがてはあのような『悪事』に手を染めことになるがごとく言われ……。父上の話にはとてもついていけぬ」
 憤慨する義興の前で、住職は穏やかに語る。
「もしも、心を痛めておられないのだとしたら、お父上はなぜ、あのように陶様や内藤様の影に怯えておられるのでございましょうや?」 「怖いからだ。人が人を殺める理由はただ一つ、相手が怖いからだ、と鶴が言った」
 義興は武護の言葉を引き合いに出し、なおも父を非難することをやめない。
「舅殿はともかく、叔父上を怖がった意味が分からぬ。しかも、怖いから処断しておいて、その後もやはりこの世の者ではなくなった叔父上の影に怯えているなど……。まったくもって、意味がないではないか。今も叔父上がお元気であられたら、鶴とてこんなに辛い目に遭う事もなく、父上ご自身も、舅殿も、お健やかであられたのでは?」
「既に過ぎ去ったことを嘆いても詮無きことにございますよ。人生とは後悔の繰り返し。己の寿命が尽きかけたとき、人はそれまでの行いを悔い、嘆き悲しんだり、苦しんだりする。そのために、俗世との縁を断ち切ろうとなさる方も多うございますが、それでも、すべてがすっきりと解決することはないでしょう」
 結局、住職は父が弘護を殺めたことにより、その「怨霊」だか「亡霊」だかに長いこと苦しめられたことで、既に「制裁」を受けたと言いたいのだ。どうせ、「慈悲深い」出家などに、息子が父を悪し様に言うなどという行為を受け入れてもらえるはずはない。