僧侶・宗景イメージ画像
 あの日、若山城で武護の「最後の話」を聞きに行った義興一行。彼らの側からも、武護に対してどうしても伝えなければならない重要な事があった。そして、周囲が心配していたような、武護の「策略」のようなものはないと信じていたから、彼らは何のためらいもなく、その誘いに乗ったのであった。
 室内には、武護のほかに、彼に忠誠を誓った野島壱之介が控えていた。このことは、飯田から「ニセ情報」を伝えられた政弘は勿論、部屋に入った三人と元から部屋にいた二人だけしか知らない事実であった。
 先ずは興房が、あらかじめ記して置いた書付けを見せて、外には大勢の見張りが控えていること、内密の話があるので、彼らに聞かれないよう更に奥の間に進みたいことを伝えた。そして、彼らは無言のまま館の奥深くに進み、そこでもなおもひそひそと相談をすることになった。
 最初に口を開いたのは義興であった。
「あまり多くのことを聞いてやれる時間がない。まずはこちらから大事なことを知らせる。我らはそなたを逃がそうと思っている。今ここで、命を奪うなど、絶対にしない。それだけは分かって欲しい」
「逃がす? そんなことができるのですか?」
 そう尋ねたのは、野島であった。彼が何者なのか、信用できるのか、興房と飯田は不審に思ったが、義興は武護がこの大切な場所にこの男を伴っていることから、十分に信頼できる者と判断した。
「それには、二つ条件がある。ひとつは『人目につかない出入り口』。そして『身代わりとなる死体』だ。抜け道があることは、興房から聞いている。問題は身代わりなのだが……先の興明との小競り合いからは時間が経っているから、戦死者は既に処理されてしまったであろうな……」 「それについては問題ございません」
 野島が即答した。
「おお、そうか。ならば、何も心配する必要はない」
 単純に、ほっと胸を撫で下ろす義興。興房と飯田はなおもその言葉を信用できなかった。一方の武護は黙して語らなかったが、義興と野島のやり取りが終わった所で、ようやく口を開いた。
「『逃がす』などという、訳の分からないことを言うな。俺は無様に生き延びようなどとは思っておらん。この馬鹿げた争いよりも、ずっとマシな解決法を思いついたゆえ、それを亀に伝えたかっただけだ」
 兄の口調が主を主とも思わぬものだったので、興房が口を挟もうとしたのを義興が制した。
「ここでの話し合いは皆、亀と鶴の会話だ。いちいち気にするな。まずはその、マシな解決法というのを聞く」
 武護は例のごとく、ふふっと笑った。数日前に出会った時のみすぼらしい出家姿ではなく、お父上の形見の武具に身を包んだ様は、目も覚めるほど凛々しいものであった。鶴はこうでなければ、などと、この場に似つかわしくないことを考えてしまう義興であった。
「お前は俺がなぜこんなことをしているか、分かるか?」
「こんなこと、というのは、『謀叛』か?」
「『謀叛』……。まあ、そうかもな。だが、俺が腹を立てているのは誓ってお前にではない。それは分かるな?」
 義興はふっと溜息をついた。
「最初は興明にだと思った。家督を手に入れればそれで満足なのであろうと。だが、父上の手前、我には配下の家の家督をいじることはできない」
「『配下』か。いいだろう。で、今は? 『最初は』と言った以上、今は考えを変えたのであろう?」
「だいたいのことは興房から聞いた。叔父上の死には父上が関わっている、そなたはそう思っている、そうだな?」
「思っているも何も、事実そうなのだから仕方なかろう」
「……」
「時間がないなら、とっとと認めろよ。お前が俺の代わりにお父上のやったことを明るみに出し、こっちの父上の無念を晴らしてくれるのなら、俺にはもう思い残すことはない」