大内義興イメージ画像
 風薫る五月。
 瑠璃光寺の本堂で、陶興房と住職が経を唱えていた。
 ここは、陶弘房の菩提寺。つまり、興房の祖父を祀る寺である。
 念仏がすんでから、興房が切り出した。
「仏門に入りたいと思っておるのですが……」
 住職は慈悲深い顔に笑みを浮かべながら、
「何を仰いますか。まだまだ、お若いのです。これからではありませぬか。やがては髪を下ろされる日も来ようかと存じますが、今はまだその時ではないようですぞ」
「……一度に二人も兄を失い、父も寿命を全うできてはおりませぬ。仏門に入り、皆の魂を弔いながらでも、お勤めはできると思うのですが」
「亡くなられた方々への思いは、どこにいても伝わります。こうやって、いつでもおいで下さい。お待ちしておりますよ」
 もう何度も繰り返した「願い出」であったが、住職にはどうしても聞き入れてはもらえなかった。興房は名残惜しそうに寺を出ると、屋敷へ戻って行った。

 大内家の分国を揺るがした騒ぎが終息してから早二月。景色はすっかり初夏であった。住職は小坊主と共に、池の鯉に餌をやりながら、水面を埋め尽くす蓮の葉を眺めていた。それが美しい花を開くのももう間近である。
 この橋の上で、かつて二人の童子がよく戯れていた。共にこれ以上ないくらいの名家の子息。ふざけて駆け回る二人が池に落ちでもしないかと、住職は生きた心地もしなかった。今や二人とも、立派な大人になっていたが、それでも、住職はここへ来るたびに、あの愛らしい童子たちの声が聴こえるような気がするのだった。
「子供はやがて大人になる」
 住職の言葉に、小坊主がぼんやりした顔をあげた。
「そなたも例外ではないのだぞ」
「大人になる、とはどういうことでございますか? 歳を取るということでしょうかね?」
 会話の内容までぼんやりしている小坊主を見返してから、住職の視線はまた蓮池に戻った。
「さてな。ただ、これだけは分かる。一度大人になってしまうと、もう二度と、子供にはもどれないのじゃ。残念ながら、不老不死の妙薬などというものはないのだから、我らのようなものでも、御館のお殿様でも、生きている以上やがては年老いてこの世を去り、皆、等しくお釈迦様の弟子となるのじゃよ。最近、何やら生き急ぐ者が多くて困ったものだ。あの清くて愛らしいお子らが、互いに相争う俗世間の荒波に飲まれて行ってしまわれた。そう思うと辛い。わしも修業が足りぬようじゃわ」
「……」
 小坊主には住職の話は難し過ぎたようだ。
「子供でおられる時間はあまりにも短いのだ。それが、人生で最も尊いものであること、忘れてはならぬぞ」
「はいっ。立派なお坊様になれるよう、真面目に精進いたします」
 住職はふっと笑った。
 恐らく、あのお子らも、立派な大人になるのだと、この橋の上で誓い合ったのに違いない。どこで何が間違ってしまったのか。過去に大人たちのしたことが、二人の童子の仲を引き裂き、悲しい結末を呼び寄せることになってしまった。子らには何の罪もないというのに。
「ご住職、奥の間のあのお方はどなたなのですか? わたくしがお食事をお届けしている方です。今日も陶のお殿様が会いに見えたのに、『会いたくない』と仰って」
 小坊主が興味津々の目で、住職に尋ねる。住職は僅かに眉を顰め、
「うむ。会いたくない者に無理やり会わせる必要もなかろうて。時が来れば、自然に会える。一々どこの誰であったかなど、拙僧も覚えてはおらぬわ」
 そう言い終えて、本堂に戻る住職に、小坊主は影のように付き従った。