内藤篠イメージ画像
 父の政弘が、舅の内藤弘矩を屋敷内で刺殺したという恐ろしい事件は、あっという間に家中に広まった。二人の間に、特に「怨恨」のようなものを思い浮かべることが出来なかった面々は、恐らくは酒の席でのつまらない諍いから、果ては斬り合いにまで発展したのではないか、と想像した。そして、政弘の「老害」の酷さに皆は怖れをなしたのである。
 義興はこの事態を放置することはできなかった。これでは、政弘の権威は地に落ちる。そこで、例の細川政元の書状を「公開」し、政弘はこの件について、弘矩に追求し、その過程で居直った同人と争いとなり、弘矩は「成敗された」という「事実」を発表した。
 このことは、政弘の弘護殺しを明らかにしたいという、武護の願いに反するものであった。そしてまた、例え、どんな理由があるにせよ、主自らが、何の詮議もなく家臣を平然と手にかけるという身勝手さを許せない義興自身の考えとも矛盾してはいたが、ここは何よりも、父の名誉と、健康面への影響を考慮して、全て目をつぶることとしたのだった。それに、少なくとも、細川政元の「悪事」を明らかにするという点では、多少は意味のあることであった。
 これらの正式発表を聞いた人々は、またもや驚きを隠せなかった。内藤弘矩のような主の舅まで叛意を抱いていたこと、逆に言えば、そんな相手にまで魔の手を伸ばす「大悪人」の嫌らしさに皆、あれこれと陰口を叩き合ったのである。しかし、一方で、弘矩のような人物だからこそ、政元に目を付けられたのであり、そこらの奉行人にはそんな話はこないであろう、という道理も承知の上ではあった。

 しかし、いきなり主を失った内藤家のショックは義興どころではなかった。奥方は病に倒れるし、家臣たちは怒り心頭であった。そして……娘の篠と、息子の弘和は……。
 篠は館内で、既に父と政弘とが斬り合いになったという第一報を受け取った時から、床に就いてしまっていた。その後、父が政弘によって命を奪われたと聞き、もはや、まともな心情ではおられなくなった。だが、父の死をそのまま聞かなかったことにはできないのであるから、花を伴い、葬儀のために一旦実家に戻った。
 義興が騒ぎを鎮め、妻の部屋を訪れた時には、もう篠は今小路の許しを得て実家へ帰った後であった。義興もその後を追うように、内藤家の屋敷へ赴く。本来であれば、楽しい里帰りが予定されていたというのに、一体どうしてこんなことになってしまったのかと思うと、彼とて辛い。
「夫が『謀叛』を企てていた、というのは本当なのでしょうか?」  弘矩の妻は、恐ろしくてたまらない、といった風に、義興に尋ねる。
「残念ながら、これは動かしようのない事実です。先に討伐された陶武護と、舅殿は繋がっておられた。そのことは私にも分かっておりました。しかし、よもや此度のような形でご処断なさるとは、思ってもおりませんでした。何と申し上げれば良いのか……まことに無念です」
「……」
 政治向きのことは、女には分からない。主にそうだと言われたら、もうそれきりであった。だが、最後の「無念」の一言には、義興の政弘に対する憤りと共に、内藤家への深い同情も込められていた。そんな風に聞こえた。少なくとも、この婿に限って言えば、我らの味方である、弘矩の妻はそう感じた。