大内政弘イメージ画像
 内藤弘矩は、陶武護から、弟の興明を討ち果たすのを合図に動け、と指示されていた。しかし、興明が殺されても、肝心の武護はいつまでも城に籠ったままであり、連絡一つなかった。
(一体、何を考えておるのか……)
 息子の弘和は長門に戻って密かに兵を整えているはず。後は打ち合わせ通りに動くだけであったのだが。何度か、武護に使いをやろうと考えたが、それも、義興や政弘の目が光っていると思うと恐ろしくて出来なかった。
 それに、政弘からはとっくに武護討伐の命令が下っているはずであろうと思われるのに、義興は一向に兵を出さない。しかし、出陣の支度だけは着々と進んでいるから、このままだと、武護と手を組んだところで、義興らを追い出すほどの勢力になるかどうか。
(もしやして、細川が動くのか?)
 そんなことを考えてもみたが、やはりあり得ないことだ。どうせ、あちらは旨い汁だけ吸う算段で、積極的に援助する気などさらさらないはず。興隆寺にいる細川家の家臣とやらからも無論、なんの連絡もなかった。

 弘矩は常と変わらず平然と出仕し、謀反人の陶武護を速やかに討伐すべきである、などと大声で喚いていた。誰一人として、彼の言動を不自然に思う者などいなかった。それどころか、これだけ意見されてもなお、兵を動かさない義興に付き合いきれない、と思う者のほうが大半であった。毎日のように主に「意見」している弘矩が、まさか武護と繋がっていて、本当は義興の討伐軍がもっとぐずぐずしているうちに、武護からの使いが来ないかと待ちわびていた、などと誰が知ろう?
 しかし、武護からの連絡はやはりなく、どうやらこの話は頓挫したのか、それとも、何か理由があって挙兵を遅らせているのか、弘矩は気になって仕方がない。それで、今度こそ思い切って使いを出そうと考えるようになった。だが、結局、最後までその勇気はなかった。
 そうこうしているうちに、遂に義興が動いてしまい、陶武護は「討伐」されてしまったのである。こうなると、もはや、弘矩にはどうしようもない。確かに、政弘が消えてくれれば、弘護殺しに手を貸した秘密を知る者はいなくなり、常に政弘から口封じされるかもしれぬと怯える毎日からは解放される。
 だが、この件の「首謀者」は弘矩ではなく、政弘なのであって、秘密をばらされては困ることでは相手も同様なのである。ただ、「前科」のある主は、弘矩よりも身分が高いわけで、こちらをどうにでもできるというのが強みなのだ。しかし、この十何年もの間、主従の間はそこそこ上手くいっていたのだ。陶武護に、娘の篠との関係を聞かされたり、また、やはり心のどこかに常に居座っている罪悪感から、彼に同情しはしたが、武護亡き後、もはや主に反旗を翻す意義はどこにもないのではないか、と弘矩は思った。
 篠は義興に嫁ぎ、未だに「若子様」に恵まれぬのが気がかりではあったが、夫婦仲はそこそこ良いと聞いている。新婚早々の時、二人がぎこちなかったのは、武護が言っていた、篠と相思相愛であったことがその理由なのであろう。だが、今はその問題も解決したものと思われる。娘も馬鹿ではないのだ。お家のためを思い、添い遂げられるはずもない武護のことは諦め、義興の妻となることを受け入れたのであろう。今は、その武護も世を去ったのであるから、すべては過去のことである。ここは、もう、何もかも悪い夢を見ていたと思って忘れてしまおう。
 そもそも、父親を殺された恨みで政弘を倒そうとし、弘矩にも恨みを抱いていたであろう武護が死んでくれたことは、弘矩の罪悪感を拭い去ってくれた。もう、武護から何かされる恐怖は消えたのである。ただ、娘の篠が、かつてこの男に思いを寄せていたということに思い至ると、父として、娘への憐憫の思いは強くあった。だが、それだけである。