大内義興イメージ画像
 山口に戻った部隊は戦勝ムードに満ち満ちているどころか、全員が葬式帰りのよう。何もかもは総大将の義興のせいであった。出迎える政弘や、今小路、篠らの前で、左右を屈強な兵士に支えられやっと立っている様は哀れすらもよおす。
 それが、友である武護の死のせいであると知る今小路と篠は、そんな彼に深く同情したが、政弘にはそんな感情はない。
「何というざまだ」
 政弘に怒鳴られて、義興はその場にへたり込んだ。杉の予想通り、初っ端からもう雷だ。政弘は大国の主として恥ずかしいほど、みっともない息子の姿に怒りに震え、今にも彼を切り刻まんばかり。と、そこへ、場違いな女の声が……。
「あ、そこに血が……」
 篠が青ざめた顔で言い、今小路もそれに気付いて、卒倒しかける。義興の甲冑には、それと分かる血の跡が見えたからだ。
「誰か、早く医者を呼ぶのじゃ」
 篠共々、そう言って息子の傍に駆け寄る今小路だったが、義興にそれを制止されてしまう。
 誰一人出かけた時と同様に、怪我一つなく帰還したというのに、総大将たる義興のみがなぜ大怪我を負ったのか。これは一体……?
「違います、母上……」
 義興が震える声で言った。
「これは、鶴の……」
「え?」
 それを聞いた女達はまた、震え上がった。

「どういうことだ? 説明せぬか」
 政弘のほうは、それらの血痕などどうという事もないものであり、義興自身はどこかしら「頭がおかしく」なっている以外は何の問題もないと分かっていた。ゆえに、冷淡な口調でたたみかける。
「話があるからと言われ、部屋に入りましたら、いきなり斬りかかって来ましたので。興房が成敗致しました……」
 近臣達のせっかくの心遣いは台無しだった。義興自ら正直に話してしまっている……。確かに皆、もっと気を配るべきであった。血染めの陣羽織等は着替えさせたし、下の鎧その他からも拭き取ったつもりであったが、やはり、女の目は僅かに残った血の染みすら見逃さなかった。もしかしたら、政弘自身には、それこそ老眼などで見えなかったかも。そのくらいは事前に取り繕っておいたのだが。
 しかし、義興の説明もあまりにも稚拙である。もう、子供ではあるまいに。だが、それだけで、政弘には十分に通じたようだ。
「な、何!? そなた、あの馬鹿者と話など?」
 政弘は怒りを通り越して、あきれかえってしまったようで、皆が想像した「蹴倒される」シーンはなかった。しかし、杉が予想した通りの嫌らしいパターンが始まってしまった。政弘は早くも「ことの顛末」と、それを「見て見ぬふりをした者ども」とをはっきりさせようとしていた。
「それで、そなた以外にその場に居合わせ、その馬鹿らしい『話』とやらを聞いたのは? 『賊』のほうにも、当然、あやつ以外に誰か傍に付いていたのであろうな?」
「いいえ。鶴のほかには誰も……。こちらは興房と、飯田とで」
 義興は恐る恐る父の顔色をうかがいながら答えた。だから、最初から自白などするなと……。杉は苦虫をかみつぶしたような表情で、この「愚か過ぎる」主を見ていた。
「そなたは全く、何という馬鹿者なのだ? 賊徒に話があるから、といわれてのこのこ部屋に入っていく者がどこにおる? それも、当主の分際で」
 政弘は鼻息荒く、今にも「蹴倒す」かと思われたところで、都合の良いことに(いや気の毒なことだが……)、怒りのあまり発作を起こし、本当に医者の世話になることに。
「この馬鹿者に、好き勝手をさせた者全員をここに呼べ!!」
 医師らに介抱されながら、なおも喚き散らす政弘に向かい、義興は突き刺すような視線を向ける。
「父上、また全員に腹を切らせるのですか? こんなことでは、そのうち、家中には誰もいなくなりますよ」
「な、何だと!?」
 孝行息子の義興には珍しく、先程から父を支えてやろうともしていないことに、一同はやっと気付く。確かに、先刻までは、どこまで間抜けなのだ? と馬鹿にして遠巻きに見ていた者たちも、何やらいつもの義興と雰囲気が違う、と感じた。