大内義興イメージ画像
「何? 鶴が城に立て籠もり、興明と一戦交えようとしている、だと?」
 陶興房と面会した義興は激しい眩暈に襲われ、興房に助けられてようやく姿勢を保つことが出来た。興房は、武護の覚悟は固く、てこでも動かせないこと、大殿・政弘が武護の身柄を拘束しようと陶家の山口屋敷に兵を送り込んできたこと、などを主に話して聞かせた。
 不思議なことに、これらの重大過ぎる情報は、義興の元にまだ何一つ届いていなかった。
「興明兄は、直接『大殿』様に窮状を訴えに参りましたので。しかし、大殿様から御館様に何の知らせもないとは妙ですね」
「父上は我にも、鶴を捕らえろと仰った……だが、無論、そんなことは出来ぬゆえ、その命には従わなかった。恐らくは、父上にはすべてお見通しであったのだな」
 だが、まさか、武護がそんな大胆なことを始めるとは夢にも思わなかった義興は、国外へ逃亡してくれるものと考えていたのだ。父が積極的に動いているということは、興明と武護の家督争いは当然、武護に勝ち目はないだろう。無論、兄弟げんかなど許されないが、仮に本当に戦になり、武護が興明を破ったところで、政弘がその家督を認めるはずがない。
「興明兄や叔父は、兄上の行為を『造反』である、と。私もそう思います。兄上には、御館様に弓引くつもりは毛頭ないのですが、家督についてはどうしても取り返すと言ってきかないのです。説得できずに終わり、面目次第もございません」
 興房は、武護が言っていた「父の敵討ち」の話は黙っていた。例え、武護の言っていることが正しいとしても、証拠がない以上、推論だけで政弘に対抗するには無理がある。勿論、証拠が揃っていたところで、兄に勝ち目があるとも思えなかった。ただ、興房は、武護と興明の争いを止め、何とか二人を助けたい、今はそれだけであった。
 義興は、当然父の政弘が叔父の弘護を殺したなどという話は聞いていない。想像することすらできないだろう。だが、興明はとにかく、武護は絶対に助けねばならない。いや、勿論、興明とて、特に問題があるわけではないのだから、二人とも助けねば。しかし、興明が自分ではなく、父のほうを頼ったのは、恐らくは武護に肩入れすると思って敬遠されたのだろう。政弘は武護を嫌っているし、捕らえて来いなどと言っていたのだから、興明に力を貸すのは当然のことである。武護は若山にいた将兵たちを味方につけてしまったようだが、政弘が力を貸せば、それらの将兵たち共々、武護が生き残れる可能性は限りなく低い。
「どうしたものかの……。それで、そなたはどちらにつくつもりなのだ? やはり興明か?」
「いいえ。私はどちらにもつきたくはありません。二人とも大切な兄なのですよ。何とか思いとどまらせたいと思ったのですが……力及びませんでした。ここへお伺いしたのは、武護兄の言葉に従ったからです。『どちらにも関わるな。御館様を頼れ』と」
 ああ、そうなのか。やはり鶴は死を覚悟している……義興は思った。しかし、例え父が興明に味方したとしても、興明とて、何らかの責任を問われる可能性はあった。まさか、それで、陶の家が潰されるまではないと思うが。だが、武護は政弘を信頼していないから、興房の身を守るため、一応は「当主」である我が元に身を寄せろ、と言ったのだ。馬鹿らしい家督争いで兄二人が血を流している、まさにその最中に、主と共に館内にいれば、当然どちらにも「加担していない」という証明になる。
 しかし、この興房という人物は、興明よりずっと鶴に似ている。いや、顔姿も性格もまるで違うのだが、聡明で冷静沈着な人物であるようだ。その意味で、鶴には敵わないとしても、傍に置いて使える、信用に足る人物とみた。
(まさか、後のことはすべて、この『出来が良い』弟に任せて、自らは本当に姿を消すというのではなかろうな?)