陶武護イメージ画像
 山口の屋敷から、若山の城までは二刻半。
 興房は少し先に馬を飛ばして行った兄・武護を追うようにして、城下に辿り着いた。
 城下は武装した兵士が行き来し、何やら物々しい雰囲気に包まれていた。興房は巡回する兵士らの目をかいくぐり、やっとのことで、城門まで辿り着いた。だが、門も固く閉じられた上、屈強な武官らに厳重に守られている。これでは、とても、中に入れてもらえそうにない。
 興房は長いこと説明し、何とかその身分を理解してもらうことができた。だが、中に入れてもらえた時には、もう夜明けが近くなっていた。
 城内はそれこそ、そこかしこに厳めしい面構えの兵士らが立っており、まさに「陣中」であった。
(これは一体……?)
 訝しがる興房の前に、紺色の鎧に白の陣羽織も艶やかな兄・武護が姿を現した。例の怪しげな出家姿ではなくなって、今や完全に「還俗」している。

「……父上?」
 何やら幼き頃に見た、亡き父の姿を目にしている気がして、興房はぽかんと口を開けていた。
「なんという顔をしておるのだ? 化け物でも見ているようだぞ」 「……ああ、いえ、何やら亡くなった父上のお姿を思い出したのです……」  武護はふふっと笑った。
「どいつもこいつも、俺のことを父上と見間違えるようだな。有り難いことに、この城の連中も皆そうだ。まあ、いいさ。父上の亡霊に従っていると思い込んでいるのなら、思わせておく。そのほうが都合が良いからな」
「……」
 興房は単に兄が大殿様の追っ手を逃れて、この地に隠れ潜んでいるものと思っていた。いや、そうであって欲しいと期待した。だが、どうやらこれは、本当に「戦支度」をしているようである。
「まあ、中に入れ」

 武護に誘われ、脇部屋に通された興房は、次から次へと思いがけないことを聞かされて混乱し、訳が分らなくなった。
「大殿が父上を殺し、その罪をなすりつけた吉見信頼を内藤様が口封じした、というのですか」
「そうだ」
「……」
 そんな恐ろしいことを聞かされて、そうだったんですね、とその場で納得できるはずもない。
「お前は父上の無念を晴らしたいとは思わぬのか?」
「それは……私とて父上の仇は取りたい。ですが、その仇が大殿様だなどと言われて、おいそれと従うわけには……。何か証拠はあるのですか? このままでは、本当に『謀反人』にされてしまいます。何もかも、御館様にお話しして相談すべきです。こんなやり方が通用するはずはありません。大殿は兄上が細川家と通じている、と。そんなはずはないでしょうが。もしも、興明兄上が御館様の錦の御旗とともに現れたらどうするのですか。これでは、『賊徒』として『討伐』されてしまいます。だいたい、兄上二人が矛を交えるなど、私は見てはおれません」
 最後は涙声になっている興房を優しく見つめていた武護だったが、すっと立ち上がると、その肩をぽん、と叩いた。
「そうだな。見ないほうが良い。お前は暫く身を隠しておれ。そう、亀のところへ駆け込め。あそこが一番安全だし、お前が俺とは何の関係もない、という何よりの証が立てられる」
「何ですって?」
 興房は驚いて兄を見返した。その顔は笑っている。例のごとく、涼やかな笑みだった。
「俺が勝っても、興明が勝っても、いずれにせよ、何らかの『処罰』が下るはず。そこへお前まで巻き込まれたら、この家はどうなる? 俺は家を潰す気などない。ただ、我が手にあるべき物を取り戻し、父上の仇を討つ。それだけだ」