大内政弘イメージ画像
 興隆寺の別当・大護院尊光に呼び出され、細川政元からの書状を見せられた内藤弘和は、その書状が本当に政元のものであるのか、確信が持てなかった。二人は相談した上、かつて尊光の傅役であった杉武明に、筆跡を見てもらうことに決めた。ちょうどそこへ、父の弘矩から急ぎ帰宅せよとの使いが来たから、弘和は慌てて家に戻る。
 暗い部屋の中で、ぽつんと一人座っている父を見て、弘和は何やら胸騒ぎを覚えた。
「こんな遅い時間まで、何をしていたのだ?」
 弘矩は重苦しい表情で、息子を問い詰める。
「いえ、その……いつものことではないですか。別当様の我儘には困り果てています。話し相手をしろと言って聞きません。それより、父上こそ、いかがなされたのですか? お顔の色が優れぬようで。急ぎ帰宅せよ、とのことでしたが」
「お家の存亡に関わる重大なことがあってな。当然、嫡男たるそなたの意見をきかねば、わし一人では決断できぬ」
「何ですと?」
「お家の存亡に関わる重大なこと」……。いつになく暗澹とした表情の父を見て、弘和はとてつもなく嫌な気分になった。もしかしたら、例の「書状」の一件がすでに露見してしまったのであろうか。いやいや、それはない。もし、そうであるのなら、尊光様とて、無事ではおられぬはずだ。
 とにかく、弘和は父の前に座り、次の句を待った。
 しかし、待てど暮らせど続きの言葉がない。
「父上? お家の存亡に関わる重大なこと、というのは一体……」
「実はな、とんでもないことに巻き込まれてしまったのだ。話せば長くなるが」
 弘矩は深く溜息をついた。
「それよりも、そなた、もしや、興隆寺で尊光様と『謀反』の相談をしていたのではあるまいな?」
「え?」
 やはりそうか。恐らくはあの一件だ。なぜ、どのようにして父の耳に入ったのか? 「巻き込まれた」と言ったが、出元は自分たちなのだろうか? しかし、まだあの書状は興隆寺で保管されたままであり、中身を知っているのは、弘和と尊光の二人だけのはずだが。

「陶武護が戻ったのだ」
 弘矩はぼそっと言った。
 陶武護? それと「お家の存亡」がどう結びつくのだろうか。今やただの出家に過ぎぬはずだが。
「そなたが『興隆寺で見た書状』とやらも、わしの手元にあるものも、皆、あやつが持ち込んだのよ」
 やはり、父は既に知っていた……。弘和は愕然とした。父の手元にあるというのも、興隆寺で見た書状と同じものなのであろうか? しかし、弘和には腑に落ちぬところがあった。
「しかし、父上、尊光様は細川家の家臣という者から書状を受け取ったのです。陶ではありません。私もその家臣とやらに会いました。今も興隆寺にいるはずですが……」
 父が例の書状の件を知ってしまったのだと仮定すると、「お家の存亡」に関わると嘆くのも頷ける。しかし、あれは、細川家からもたらされたものであり、陶武護などとは無関係なはずだ。
 あれこれ思案している風の息子を眺めやりながら、弘矩は不意に穏やかな口調になった。
「案ずるな。その『家臣』とやらは、嘘偽りのない細川家の者であろう。それに、そなたらが見た書状も、間違いなく、細川政元のものだ」
 ならばなぜ? 弘和にはますます訳が分らない。
「陶の小僧が、細川家と繋がっておったのよ」
「……」
 陶武護が細川家と繋がっていた? 何だってそんな繋がりが……。もはや、こうなると、弘和や尊光クラスの者には理解不能な世界だ。
 弘和は暫し頭の中が真っ白になった。
 薄暗い部屋の中に、唐突に静かな笑い声が響く。
 この五十年、そこそこまともに働いてきたつもりであった。主のためならば、穢れた仕事すら平気で引き受け、何もかもその言いなりに生きてきた。それこそが「忠義」だと思っていた。そして、それなりに、有能なほうであったはずだ。それなのに、人生の最後になって、こんな大ばくちに巻き込まれてしまうとは。弘矩にはもう笑うしかなかったのである。