僧侶・宗景イメージ画像
 これより少し前、山口の政庁から出て、屋敷へ戻る途中の内藤弘矩。
 その行列の前に、命知らずの男が一名、飛び出して来た。よれよれの僧衣を身につけ、編み笠を被った怪しすぎる男だ。
 大勢の御供に守られ、仰々しくふんぞり返っていた、主の「舅様」は、「御供」が邪魔者を退けるまでの間、暫し馬を止めた。
「何やつ!?」
 主の周りにさっと駆け寄り、狼藉者を成敗しようという忠義の配下、ではなく、普通に任務を全うしているだけの御供衆。
「お殿様に申し述べたき儀がございまして」
 なるほど、こうやって正式な手続きを踏まずに、直接お偉い方に物申す馬鹿者がいると聞いたことがあるが、いい度胸である。恐らく、コネも金もないのであろう。
「そのほうのような薄汚れた出家が、我が殿に何の用があると申すか、退かないと成敗いたすぞ。無礼者めが」
 御供は守護代・内藤弘矩様、いや、現在はそこに「御館様の舅」という身分も加わっているので、もはや家中一の名家の「御供」。ゆえに、かつて花が分析したとおり、非常に感じが悪く、威張りくさっている。主の権勢とは裏腹に、家中でもっとも評判が悪い連中といってもよい。
「薄汚れた出家」の彼らに対する分析も花と同じであるらしく、その「御供」を嘲笑うかのような口調で話し始めた。
「成敗されては困りますなぁ。まだまだこの世にやり残した事がございますので。しかし、内藤様は、『成敗する』のがお得意ですから、何でも『口封じ』なさってしまわれるのでしょうね。おや、後ろに見えるのは、吉見信頼殿のお姿ではありませぬか。どうやら、祟られておいでのようですな。拙僧が祟りを晴らすために、ご祈祷してしんぜましょうか」
「べらべらと何をぬかすか」
 と、ここまではすべて、御供衆と怪しげな出家との会話。
 当の内藤弘矩自身は、馬上にて震え上がっていた。主の舅として、何一つ怖いものはない身分を手に入れたはずが、この男には一つだけ、「触れて欲しくはない」ことがあった。まさに、その、吉見信頼の「成敗」の一件だ。
 出家は平然と弘矩の元へ近付いて行ったが、御供衆に遮られてしまう。
「では、これを……」
 出家が懐から取り出したのは、何やら女物の小さな巾着袋であった。
「なんだこれは?」
「御主君にお渡し下され。これこそ、わたくしがそちらのご息女と『婚儀』を約した証の品でございます」
「何だと? お前、頭がおかしいのでは? うちのお殿様のご息女をどなたと心得る?」
 これも「御供衆」である、下っ端の役人が偉そうに言って、出家が取り出した「証の品」とやらを突き返す。が、この時初めて、弘矩が口を開いた。
「その『品』とやらを、こちらへ寄越せ」
 身分のある者がない者と直接言葉を交わしたり、物をやりとりするなどあり得なかった時代である。このような通りすがりの怪しげな人物が、重臣であり、当主の舅でもある内藤弘矩に近寄ることなど許されるはずはない。
 だが、弘矩は御供衆の手からその出家が差し出した品物を受け取り、それに何やら見覚えがある、と感じた。そもそも、先程からとてつもなく「嫌な感じ」がしており、それこそ、斬って捨ててもかまわないような下郎をつまみ出すことができないでいる。主の言葉一つですべては片付くのに、である。
 弘矩はその布袋を開けた。
 中には防府天満宮の守り札と、小さく折り畳まれた書き付けが入っていた。弘矩は何やら胸騒ぎを覚えつつ、その書き付けを開いた。
 すると、そこには、父として、決して見誤るはずのない娘・篠の流麗な文字が記されていた……。
 それは、女として、愛しい男の無事を祈る気持ちを書き留めた恋文であった。しかも、相手は「すえさまへ」とある。
 様々な思いが去来し、弘矩は頭がくらくらして、馬から落ちそうになった。
「おぬし、何者だ? 顔を見せろ……」
 見なくても、すでに答えは得ている気がしたのだが……。