大護院尊光イメージ画像
 同じ頃、興隆寺の尊光のところにも、使者が訪れていた。武護が京から連れて来た細川家の家臣である。その男は名前も身分も名乗らずに、面会を求め、ただ「仏事について語りたい」とだけ告げた。
 実は興隆寺にはこの手の輩が頻繁に訪れており、尊光配下の僧侶はほとんどそれらと顔見知りであった。だが、今回は初めて見る顔の男である。しかし、合言葉も割り符も常と変わらぬので、何ら不審に思うことなく尊光の元へと案内する。
「おお? 此度は常より早いお出でだの」
 尊光は見知らぬ顔の男を親しげに招き入れる。
「それで、豊後のほうはどうなっておる?」
 そう言った尊光の目の前に、男は見慣れぬ文字の書状を一通差し出した。
「何やら、誤解がおありのようで。それがしは、『京』のほうから参りました」
「な、何!? み、京?」
 尊光は慌てて書状を手に取る。差出人は細川政元であった。
「こ、これは……」
 これまで夢にまで見た、京からの便りである。夢には見たが、真に手にする事がかなうなど、思いもよらなかった。
「尊光様、我が主は常日頃よりあなた様のことを気にかけておりまして」
「な、なに? それは、真か?」
「はい。お気の毒である、と」
「気の毒……ふん、そうであろうな。確かに気の毒であろうよ。しかし、右京大夫様がわしに何をしてくださると言うのだ。京からここまで、どれほど遠いか」
 言いながら、書状に目を通す尊光。次第にその顔色が変わっていった。
「ここに書いてあることは、真なのか?」
「まさか、我が主が嘘偽りを申すとでも?」
 先程から、「真か」と連呼し続けている尊光に、使者の男は冷たい視線を向けた。
 悲しい事に、早々と僧籍に押し込められた尊光は細川政元の筆跡など見たことがなかった。花押を見てもこれが本当に政元の手になる「密書」であるかどうかなど判断ができない。彼はせせこましく、豊後の大友家の内訌と繋がって、万が一の時には義興を討ち果たし、自らが当主に、と願ってはいた。
 これは、尊光が願わなくとも、細川家代々の当主が取ってきた「手」なのである。大内家に嫌がらせをするなら、先ずは九州をかき回す。そして、これに加えて、お家騒動を引き起こさせることができればなおよい。
 だから、尊光は大友家に目を付けた。なぜなら、彼らは目下「お家騒動」の真っ最中であったからだ。
 九州では大内家の支配は周防・長門ほど盤石ではないので、小競り合いが絶えない。そして、常に大友、少弐、菊池の三家が手を結んだり解いたりしては、その領国をかき混ぜていた。だからこそ、細川家は毎度毎度、彼らにてこ入れし、もっとやれとそそのかすのだ。  しかし、現在、大友家は政弘の妹、つまり、義興や尊光からいったら叔母にあたる奥方から生まれた親豊が当主であった。この従兄が当主でいてくれる間は大友家は親大内であり、九州の地は見たところ平穏であった。だが、実は、この親豊と父親の政親とは親子げんかが絶えないのである。
 大内家の血を引く妻や息子からしたら、九州で大人しくしており、大内家に面倒をかけるようなことはしないで欲しい。だが、それでは、一部の家臣や大内家とは無関係な親族、そして、政親自身も不満となる。確かに、大内家の力に頼り、争いごとは起こしたくないと思った時期もあった。それゆえの縁組だ。しかし、今は違う。そろそろ、領土拡張に邁進したいと思い始めた政親らからしたら、大内家べったりの息子は邪魔でしかない。
 大内家どころか、大友のほうがガタガタであった。家中は政親と親豊の二派にわかれて対立していたのである。これは後に大噴火を起こすが、今はまだ噴火の予震程度。しかし、傅役の杉武明や遊び友達の内藤弘和といったブレーンに知恵を付けられた尊光は早々と大友家に色目を使っていた。それも、父の政弘が度々内政干渉してまで助けている、従兄の親豊ではないほうに。
 京で先の大乱のようなことになれば、細川家から、「お家騒動」候補として誘いの声がかかってくるかも知れないと期待していた尊光。だが、今の所、そんな動きはないから、決起も自分たちでやるしかないと思っていたのだ。しかし……なぜ、こんなタイミングで細川家から使いが来るのだ?
 もしかしたら、書状も使者も「ニセモノ」なのでは? 疑り深い尊光はそう考える。もしかしたら、すべては己を「試す」ために父か兄が寄越したものかもしれない。そんなものに引っかかってしまったら大変な事になる。
「しばし待たれよ。重大なことゆえ、少し思案したい」
 尊光はそう言ってその「細川家」の使者を待たせておいて、急ぎ内藤弘和に使いをやったのだった。