大内義興イメージ画像
 義興が弟の尊光を訪ねてから暫く後のこと、興隆寺は火事に遭い、焼け落ちてしまった。虫の知らせとでも言うべきか、あの日弟に会いに行っていなければ、もう寺を見ることは出来ずじまいとなっていただろう。
 実際、「火事」というものは多発する。日本の家屋は木造であるから、簡単に燃えてしまうし、起こってしまったらもうどうしようもない。だが、興隆寺は大内家にとっていわば心の支えのような寺であるから、その焼失となると皆の心理的ダメージは甚大だ。
 幸いにも、上宮や禁忌の領域は無事であったが、本堂や二月会が行われる童舞舞台など幾つもの建造物が跡形もなくなった。
 ことに、数年来の努力が実り、ようやっと後土御門天皇より「氷上山」の勅額宣旨を賜っていた政弘のショックは大きく、元々体調がすぐれなかったこともあって、床に就いてしまった。
 義興は被害の大きさを調べさせると同時に、早くも再建の準備に取り掛からせるという万全の対応を行ったうえで、すぐさま父の居所を訪れたのである。
 部屋には、既に、今小路と篠が訪れていた。
「父上、お加減はいかがでしょうか……」
「良いはずがないであろう」
 そう言ったのを聞いて僅かに心が落ち着いた義興であった。取り敢えず、息子を叱りつける気力はまだあるようだ。しかし、その心中を思えば、何とも辛い。
「焼けたものはまた建て直せば良いのです。どうか、あまりお心を痛めることがございませぬように」
「馬鹿者。先の親征でどれだけの金を使ったか分っておるのか? 当家は財政難である。そう簡単に再建などできるはずがないわ」
「……」
 確かに将軍家そのものが財政難であるから、配下のところも状況は変わらない。京に比べてずっと裕福であると言っても、大規模な建築事業を行うとしたら、かなり難があった。だが、どんなに困難であろうとも、やり遂げねばならない事業であることは間違いなかった。 「何としてもやり遂げて見せます。どうかご安心を」
 義興はそう言い残して出て行った。

「あやつめ、随分と偉そうなことを言いおるわい」
 政弘はあっけにとられたが、同時に真面目な頑固者がこの事業にかかりきりになる様子を想像し、俄かに不安になった。
「どうやら楽隠居などできそうにないわ」
「今はゆっくりお休みを」
 今小路がそう言って、起き上がろうとした夫を制した。 「一晩寝て起きたら、良い考えが浮かぶかもしれませぬよ」
「だから女というものは……」
 政弘はそう言いかけて、止めた。今小路以外に、息子の嫁がその場にいることを思い出したからである。
「舅孝行な嫁だな。弘矩め、その辺りはきちんと躾けておる。して、そなたらは、どうなのだ? 何か困ったことはないか? まずあり得ぬと思うが、義興がそなたをないがしろにしたりはしておらぬだろうな?」
「……」
 何も答えない篠に政弘はとてつもなく不安になった。まあ、妻など気に入らなければ、何人でも新しい者を迎えれば良いだけだ。だが、あの頑固者は偉そうに「妻は一人で構わないので」などと墓穴を掘って、この行き遅れの娘を引き当ててしまったのだ。気に入らぬとしても、「二人目」を所望するとは言い出しにくいであろう。
「まだ嫁いで来たばかりではありませんか。仲睦まじくやっておりますよ」
 篠ではなく、今小路がかわりに答えたこともますます怪しい。
「もうお戻りなさい。ここは私だけで大丈夫ですよ」
 今小路に言われて、篠は静かに一礼して出て行った。

「どうやら、上手くいっていないようだな?」
 政弘は今小路を見遣った。
「それが……その」
 今小路は今に至るまで、若い二人の間に「夫婦のこと」が行われた形跡がないと正直に伝えた。慎み深過ぎる嫁には、男女のことを理解できぬ息子を導くことが難しいのだ。
「何だと?」
 陶武護のような遊び人と共にいながら、まったくその毒気に染まらなかったというのはもはや奇蹟に近い。
――焼けたものはまた建て直せば良いのです
 先程の義興の言葉が思い出される。
 言っていることはまさにその通りであるし、何事も父親の身を案じての気遣いから来ていることは分っている。しかし、あまりにもではないか。この歳になってなおも「子作り」の意味も理解できぬ息子はとんでもないうつけ者やも知れぬ。素直で善良であることは、必ずしも良いこととは限らない。この先、細川政元のような悪党と対決したり、足利義材のような迷惑な輩に助けを求められたりしたとき、上手く立ち回っていくことができるのであろうか?