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 内藤家からかなり「年上」の「行き遅れ」の娘を妻に迎えることになってしまった新介。例の赤松政則が「鬼瓦」と揶揄された夫人を娶らされた話を思い出し、何とも気が重い。更に、妻を娶り「一人前」となってしまったら、父の政弘は隠居し、面倒な政務を息子に丸投げしようという算段である。かつて、興隆寺でのおこもり行事が嫌でたまらなかった時と同じように、その日が来るのが恐ろしかった。こういう時に愚痴の一つでも聞いて欲しい武護は行方知れずのまま。例の捜索に出た配下共々何の音沙汰もない。

 花嫁が館に着いた時、新介はもうまともにその顔を見る事すらできなかった。
(鬼瓦は嫌だと言っておるのに……)
「篠、と申します」
 内藤家の娘は消え入りそうな声で言った。
(……?)
 どこか懐かしい香りがした。それが、いつどこで嗅いだものなのか、新介には思い出せない。だが、確かにその雅な残り香をどこかで……。ゆえに、勘弁してほしいと思っていた「鬼瓦」につい目を遣る。すると、その娘のほうでもちょうど盗み見るように、おどおどとこちらを見ていたから、二人は目が合ってしまった。
「な……そなたは、あの時の『町娘』ではないか」
 新介がいきなり花嫁に向けた謎の言葉に、周囲の付き人たちは皆唖然とした。「町娘」それも「あの時の」とはどういう意味であろうか? さては、若子様はお忍びで出かけた際に、内藤家の娘そっくりの「町娘」と何かを? 皆が一応に考えたのは、どこぞの寺で出家したという陶武護のことであった。あの男がそこら辺の女たちに手を付けていたという噂を知らぬ者はない。まさかとは思うが、若子様も共に悪い遊びを?
「ま、まちむすめ……」
 篠は当惑した。どうして自分が「町娘」なんぞになっているのだろうか? 訳が分からない。根がぼんやりとした娘ゆえ、すぐにはその理由を思いつくことはできない。だが「町娘」の前に「あの時の」が付いていたのは、おそらく一の坂川での蛍見物を言っているのだろうと分かった。
 という事は……。篠の胸の内で何か嫌な思いが渦巻き始めた。
 一方の新介も、周知のとおり武護に言わせればのろまな亀である。一体これはどういうことなのだろう? と暫し考えた。  すべては武護が仕組んだことだったのだと、やっと気が付いた時、新郎新婦はお互いになんとも言えない表情になっていた。  武護はあの見送りの夜、篠のことを内藤家の娘である、とは言わずに「町娘」だったと嘘をついたのだ。
(一体何のために?)
 延々と続く婚礼の儀式の間中、二人はずっと同じことを考えていた。周囲の皆は仰々しい儀式で若い二人が緊張し、表情まで強張っているのだろうと微笑ましく思いこそすれ、彼らの胸に言いようのない疑惑が渦巻いているなど想像もしなかった。

 半日もかけてあれやこれやの儀式を済ませ、漸く二人は正式に夫婦となった。「形ばかりのもの」と人生を諦めてここへきた娘と、「鬼瓦を押し付けられる」と気が気でなかった若者とは連れだって政弘と今小路の待つ部屋へ挨拶に向かった。
「おお、無事にすんだか」
 政弘はことのほか機嫌が良かった。今小路は例によって目頭を押さえている。
「何事もつつがなくお済ませになられました」
 無言の新婚夫婦に代わり、婚儀の責任者にあたる家臣が式次第の終了を報告した。
「馬鹿め。緊張しおって。女房に取って喰われるとでも思うたか?」  政弘がさも可笑しそうに言う。
「なかなかの美形ではないか。ん? もっとよく顔を見せてはくれぬか?」
 篠は緊張して顔をあげることも、挨拶をすることもできない。
「またそのような悪戯を。二人とも固くなってしまったではありませんか」
 今小路が政弘を嗜めた。つい先日も若い女房に手をつけたばかりである。息子の嫁まで同じ感覚で眺められては困る。
「……義父上様、義母上様……」
 篠は顔もあげられぬまま、なんども家で母に教えられた通りに、舅と姑に挨拶をした。ほとんど聞き取れないほどの声であった。  政弘と今小路は顔を見合わせた。どうもこの娘、単に緊張しているだけではないような……。
「まあ、他家に嫁ぐということは、なかなかすぐには馴染めぬものですよ」
 奥方様のお優しい声を聞くだけで、それが噂通りの天仙の如き美女であると知れた。恋物語に出てくる高貴なお姫様は皆そんな美女ばかりだ。しかし、己は暗くてぼんやりとした行き遅れの娘に過ぎない。そう思うと篠は悲しかった。