内藤篠イメージ画像
 都から大内家の軍勢が帰国した後、内藤家では婚儀の支度で慌ただしくなった。年が明けたら、娘の篠は新介様に嫁ぐ、と正式に決まったのだ。何ともはや、新介様は妻は一人しか娶らない、正妻が公家の娘などもってのほかだ、などと言い張っておられる。ここまでくるとその善良ぶりはただの馬鹿ではないか……などとと畏れ多いことを考えつつも、ついつい頬が緩む内藤弘矩であった。御館様が我が娘を正妻に迎えてくれると認めたのは、馬鹿息子へのあてつけであったのだろうが、そんなことはどうでも良い。詳細を知っているのは主父子とこの内藤弘矩、我ら三人だけだ。
 これで内藤家は主の姻戚となり、その権勢はなおも増すことに。このところ、政弘は体調がすぐれず、新介に家督を譲って隠居すると言う話も現実味を帯びてきたので、こうなると、主の子息の舅ではなく、主の舅になるわけで、ますますもってその発言権は強まるはず。いやはや、これまで、娘を行き遅れにしたと細君に罵られつつも耐えてきたのは、やはり今日この時のためであったとみえる。

 一方、あれやこれやと苦情を言っていた妻のほうも、娘が今にもお家を継ぐことになる若子様の御正室の座に収まることができると知って、年下の子供がどうのなどとは言わなくなっていた。

 それに、あれから数年が過ぎ、娘は更に歳をとってしまったものの、相手の若子様のほうも今はすっかり大人になられて、凛々しくおなりとか。しかも、妻は一人で構わないなどと、まさに殿方の鑑のようなお人柄。それに引き換え我が夫など……。今や不満があるとすれば、ここだけになっている。まあ、これも、どこの家も事情は同じであって、弘矩ほどの格式の家柄だと、それこそよほどの変わり者でない限り、若い妾の一人二人置いているのはもう仕方がない。

(ふん。どうせ、見かけだけでそこらへんの女中にまで手を付けて……。『奥様』はこの私なのですから、あんなどうでもいい女たちなど、そのうちまとめて追い出してやる)

 両親がほくほくしている一方で、娘の篠は困惑しているようだった。まあ、それもそうだろう。まさか、若子様の妻になれるなど、家中一の果報者。ほかの娘たちはどれだけ望んでも無理なのだ。そんな身分が転がり込んで、嬉しいを通り越して、恐怖を覚えたとしても無理からぬこと。父も母もそう考えていたのだが……。

「お嬢様、申し上げましたよね? 婚儀を決めるのは私たち女ではなく、殿方のほうであると。お殿様がお嬢様の嫁ぎ先を秘匿にしていたのは、この日のためだったのですね」

 花はお嬢様の苦衷を知っているので、気の毒で仕方がない。

 あの日、陶様をお見送りしてから今日まで、ずっとそのお帰りをお待ちしていたのだ。

「私、嫁がない」

 篠はきっぱりと言った。

「お嬢様、それは無理というものですよ……」

 花は溜息をつく。

 陶武護は戦死でもしてこの世から消えたわけではない。「出家」して俗世との縁を絶ったのだという。詳しい事情は分らないが、何か深刻な理由があるのだろう。さもなくば、将来を誓い合った自分を残して、「帰らない」などということはないはずだ。それがお嬢様の考えであった。しかし、花はそれは少し違うのではないか、と思っている。

 確かに陶様の「出家」は花にも理解しがたいことだった。だが、お嬢様のことをそこまで思っていたのかどうか、この「出家」事件で花の疑惑は限りなく大きなものとなっていた。そもそも、あれほどの色男である。花は最初から相当の遊び人だと踏んでいた。しかし、お嬢様と文を交わし、逢い引きまでしたものだから、そんなことはつい忘れかけていたのだ。