大内義興イメージ画像
 同じころ、新介の元にも京から使いが来ていた。京からの使いというよりは、新介から用事を頼まれていた国許の者である。
「どうであった?」
 そう尋ねながらも、新介は既に半ば失望していた。なぜなら、使いの男と共にその場にあるはずの者がいなかったからである。
「やはり、武護はてこでも寺から出ないつもりなのだな?」
「それが……その」
 使いの男は口ごもる。新介は彼のおどおどした様子を見て、嫌な予感に圧し潰されそうになった。
「どうした? 鶴の身に何か?」
「その……陶様は既にあの寺を出てしまっておりまして」
「寺を出た?」
 新介は聞き返す。つまりは坊主であることをやめたのか? それとも、別の寺に移ったのか? もし、坊主になることをやめたのだとしたら、何をするつもりなのか? いや、例え坊主のままであっても何でも良い。寺を出た、ということは、国許へ戻るという意味なのでは?
「それで、武護はどこへ行ったのだ? 寺を出た後の行先は?」
「それが……気が付いたら姿を消していたとかで。誰も行先を知らぬのです。若子様のお名前も出し、ご住職にもお会いして話を聞いたのですが。京の宿舎を出た時同様、『出奔』したとしか……」
「赤松様の紹介状を持って出家したと聞いている。好き勝手に出家して、嫌になったから挨拶もなく出て行くなど、そんな非礼が許されるはずはないではないか」
「恐らくは……我らに還俗や仕官を強要されるのを避けて行方をくらませたのであり、どこぞの別の寺に移ったのではないか、とご住職が申されておりました。もはや、出家なさり、家臣であることをやめたいと決めたお方です。それがお望みなのですから、そっとしておく以外ないであろうと……」
「うるさい!」
 新介にしては珍しく、罪もない配下を怒鳴りつけていた。
「人手を増やして、そこら中の寺を調べろ。いや、国中の寺すべてを調べてもいいから探し出せ。見つかるまで戻ってくるな!!」
 新介は大声をあげた後、力なくその場に座り込んだ。そう簡単に戻って来てはくれぬだろうとは思っていた。しかし、そもそも、例の寺から姿を消してしまっていたなど。そこまでして、互いの連絡を絶つ必要がどこにあると?
 どうしても、出家したい、家来になりたくはない、というのならそれでもかまわない。なんでも鶴の言う事を聞く。だが、会う事も出来ず、書状の一つ書いても宛先が分からないような状態では、もはや大海の針を探すようなものではないか。このまま生涯二度と会えぬなど、そんなこと許すものか。
「若子様、その……我らは確かに陶様を探し出すことは難しいですが、陶様のほうで若子様を探すのは容易です。時が来れば、きっとあちらからお目通りを願い出てくるものかと……」
 使いの男が言った。それはその通りである。大内の家が滅びない限り、山口へ戻ればいつでも会える。新介は武護と違い、この家を逃げ出すような馬鹿な事は誓ってしないからだ。だが……。
「そのほうの言う通りだが。しかし、こうして待っていても鶴はいつまで経っても現れないではないか」
「それは……まだその時期ではないからでは? 出家までなさったのですよ。理由は分かりませんが、相当に思いつめておられたはず。そのお心が癒えるまではかなりの時間がかかるかと……」
「待てない」
「……」
 それは本心であった。ただの一日でさえ、会えないと寂しい。それが、すでに数か月、いやもっとだ。離れている時間が長くなるほど、会いたいという思いが強くなった。それに、このままでは、父上が陶家の当主の首のすげ替えをすませてしまう。しかし、お役目などいくらでもある。何も周防の守護代に拘る必要はないのだし、それに、父上が隠居されれば、それこそ、家臣の配置換えくらい自分の好きにできるではないか。
 弟なり叔父なりは他の地へ飛ばし、元々そこの守護代だった者は更迭する。そうすれば問題ない。新介はそうやって、限りなく自らの考え方には合わない、悪い見本のような当主のやり方を思いついていた。将軍義材が葉室光忠を権大納言にしてやったように、「お気に入り」の鶴にはなんでも与えてやる。鶴は特別だからだ。他の連中をまともに賞罰していれば、一人くらい好きにしても問題ない。よくある話ではないか。
 一人あれこれと考え、父が早く隠居してくれたら、とふっと思う新介であった。