大内義興イメージ画像
 明応二年(1493年)八月、此度の将軍親征に付き添っていた近臣らが父・政弘の命により、諸々の失態の責任を取らされて腹を切った後、新介は兵庫を離れ帰国の途についた。結局、大内家の一万五千の軍勢は、実戦に投入されることなく、また、巷の噂のような将軍交代劇への報復に出ることもないまま国許に戻った。細川政元ら幕府の重臣達はかつての応仁の乱の再燃を懸念して大内家の動きを警戒していたのだが、どうやらすべて杞憂に終わった。
 スケープゴートになった哀れな近臣たちと、摂津の寺で、非情にも帰国の誘いを蹴った友・武護のことを思うと、新介の心は重く沈んだ。由緒ある公家の家に嫁入るはずであった妹の珠が、聞いたこともない家臣の家臣のような家に嫁ぐことになってしまったのも、裏に新介の身を案じる武護の根回しや珠自身の覚悟もあったとは言え、やはり自らが招いたことである。妹には申し訳ないし、父の怒りも目に見えるようだった。
「面目次第もございません」
 父の前で項垂れる新介。出立した時には、帰国後ここで、あれこれと戦功について語る己の姿を想像しないでもなかったのだが。 「無事に戻ればそれで良い」
 意外にも、父の言葉はただそれだけであった。

 父からの叱責を覚悟していた新介だったが、既に京での近臣たちの処罰でその件は落着したとみなされたようである。政弘は珍しく上機嫌で、新介も含め帰国した面々をねぎらい、築山館で酒宴など催した。
 本来であれば、最もその功を称えられてしかるべきはあれらの近臣や武護なのでは? と思う新介であった。いや、武護のほうは少し違うかもしれぬが……。
「面目次第もございません」
 新介は帰国後と同じ言葉を、ただただ何度も繰り返すばかりである。
「無事に戻ればそれで良いと申したであろうが。めでたい席でその顔はなんだ? 酒が不味くなるではないか」
 政弘は笑って言った。
「これから先もやることは山とあるのだからな」
 確かに、あのまままたしても大乱でも起こしていたら、命はなかったであろう。「無事に戻ること」武護が繰り返していたその最低限の課題だけはクリアできたのだ。
 政弘は先の大乱後京から帰国すると、主に九州で盛んに軍勢を動かしていた。豊後の大友、肥前の少弐とは争いが絶えず、時に自領への侵入を許していたからである。これらの地域での支配を盤石なものとし、あわよくば九州での更なる領土の拡大をも目論む大内の家では、これからも九州での戦は絶えぬ事であろう。そして、恐らくは今後の新介の活躍の舞台も先ずはそこになりそうであった。

「ところで、陶武護のことだが……」
 そう言って政弘は急に眉をひそめた。新介はびくっとした。万が一、父が行方を捜し出してでも鶴を罰するつもりだというのなら、身を賭しても守り抜く所存である。
「突然行方をくらまして寺に籠もったと聞いたが」
「はい」
「なぜそのような短気を起こしたのだ? 思い当たる節はあるか?」
「分りませぬ。その……実はちょっとした行き違いが。あのように短気な性格ゆえ一時の気の迷いかと」
 政弘はなにやら思案している風に見えたので、新介はそう言って誤魔化した。万一の時は「京おんな」だ。訳の分らない不忠な話など出さずに、若気の至りですませるのが良い。互いに同じ一人の女を……と恥ずかし過ぎる筋書きも考えてあった。謹厳居士の新介からしたら、いもしないおんなの存在をでっちあげるのは恥辱でしかないが、風流人の父のこと、笑われて終わりかも知れない。
「まあ良い。自ら望んでしたことなら好きにさせろ。そのかわり、もう家中にあやつの居場所はない」
「え?」