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 武護と別れた新介が、滞在中の兵庫に戻ると、追い打ちをかけるように、父政弘からの使者が到着していた。
 将軍義材の親征に与力するために上洛した陣中にて何の手柄も立てられなかったこと、その後細川政元らに新将軍擁立を許したこと、その他諸々の不手際について、想像した通り、父はかなり立腹しているようである。そして、新介近侍のもの四名がその責任を取って切腹の沙汰を言い渡された。
「どういうことだ? な、何も命まで取る必要など……」
 父からの書状に目を通し、その申し渡し状を確認した新介は顔面蒼白となり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「父上にお取り次ぎを。これには色々な事情があったのだ。それに、すべての責任は私にあると。この者たちには関係ない。何くれとなく、働いてくれたのだ。功はあっても、過ちなど何一つない」
 もう、使者に取りすがるようにして、何とか命乞いをする新介であった。しかし、使者は非情にも任務を遂行するだけで、新介の言葉など耳に届いてはいないようである。
「こんな目茶苦茶なご命令など、たとえ、父上のお言葉とて、従うわけにはいかぬからな」
 最後は若子様らしく、怒って見せたが、使者は冷たい表情で言った。
「それがしは命じられたことがその通りに実行されたかどうかを確認するだけでございます。新介様には早くご帰国の支度を。御館様が一日も早いご帰還をおまちでございます」

 新介と共に使者を出迎えた問田や杉らは、皆神妙な面持ちで国許からの「命令」を畏まって聞いていたが、新介がショックで取り乱しているのを見ると、皆その傍にやって来た。
「お気になさいませぬよう。既に覚悟はできておりました」
「左様ですとも」
 穏やかな表情で、笑顔すら浮かべている彼らを見て、新介の目からは涙が溢れた。口うるさい連中だと煙たく思っていたが、心から恨みに思ったことなどただの一度もない。そもそも、父のこの仕打ちはすべて、彼らと言うよりも、細川政元の掌で転がされただけに終わったふがいない自分に向けられたものであるはずだ。
「早まるな。何もかも、父上にお話しし、そなたらの身は保証するゆえ」
――何とか国を出たときと同じ顔ぶれのまま戻りたいものです
――戻りましたら年寄り達を見送ることになるでしょうが、これも宮仕えの習いゆえ、どうぞあまりお気になさいませぬよう
 今小路と武護の言葉が思い起こされる。二人ともこうなることを知っていたのだ。それに比べて、自分は何も知らなかった。新介は己の更なる不甲斐なさを責めた。
「若子様はほんに心優しきお方にございますな。此度の遠征に付き従った者すべてがその事を身にしみて感じたはずです」
 と杉。問田も後を継いだ。
「それだけでも意味があった、と思いますよ。これから先は若子様の時代が来るのですから、皆の心を掴むことが何よりも大事なのです。将軍だの幕閣など二の次です。あれらの下々の兵士たちにも分け隔て無く接しようとなさっておられた。皆どれほど有り難いことかと神仏のように拝んでおりますよ」
 あれらの者達と交わってはならぬ、などと言っておきながら、心の中ではそんな風に考えてくれていたのか。そう思うと、新介はなおのこと辛かった。
「しかし、戦としては大失態です。細川嫌いの御館様のお怒りも買いました。誰かが責任を取らねばならぬ、これだけは避けられぬ事です」  杉の言葉に問田も頷く。
「これもお役目。深く考えなさるな。せいぜい、国へ帰りましたら、我らの家族でも見舞ってやって下さればこの世に思い残すことはありません」
「すまぬ……。こんなことになると分っていたら……」
 鶴の指示などに従わず、目茶苦茶でもいいからとにかく強引に参戦しておくべきであった。そうすれば、例え同じ結果に終わったとしても父の反応は違っていたかも知れない。
「これで良かったのですよ。アホらしい戦で無駄な血を流さずにすんだのですから。皆感謝こそすれ、誰一人恨んでなどおりませんよ」 「さて、我らの件が片付かねば、皆が国へ帰れませぬゆえ」
 こうして、新介は国許より伴って来た近臣たちを、父の命令に従って、遠く摂津の地で見送ることになった。冷酷非情な父の強引とも思える措置に、しかし、これこそが「当主」というものである、と学んだ新介でもあった。
 結局、共に来たはずの近臣四名と陶武護とは、共に山口へ戻ることはなかった。