今小路殿イメージ画像
 珠の話は、次のようなものであった。
 大内家の者が宿舎として使っていた寺には何カ所も出入りできる場所があった。無論、誰もが勝手に出入りしては困るので、木戸は常に閉められていたし、戦時ということで、従軍中の兵士らが見張りについてもいた。しかし、一カ所、塀が壊れて穴があいているのに、修理されていないところがあった。
 そこは、普段は板を立てかけて穴を塞いであるのだが、それは出入りできなくするためというよりは、むしろ、壊れていることを隠そうとしているだけであった。大内様のご子息がお見えになると聞き、大慌てで色々な所を修繕したのだが、そこだけは忘れ去られていたのだ。だから、ボロを隠すためにそんなことをして誤魔化していた。
 まあ、そのくらいは大目に見ても何と言うこともないのだが、たまに、この「出入り口」を使って勝手に外へと抜け出し、それこそ京女と遊んでいるような輩がいたのである。
 新介は勿論のこと、今小路や珠、それに偉い近臣の類いはそんな場所の存在は知らなかった。しかし、武護は知っていた。何しろ、家中一の切れ者である彼の目を欺こうなどと考えるのは無理な話である。だが、そこらの下っ端が上役の目を盗んでこっそり外へ出て酒を飲んでいようとも、武護にはどうでも良い事である。包み隠さず事実を告げれば、あれらの口うるさい近臣達は取り締まりに躍起になって面白かったかもしれないが、一々報告するのも面倒であるし、武護自身もたまにその「出入り口」を使っていたくらいだ。
 さて、武護が姿を消し、新介が仮病を使って寝込み……と様々な出来事があり、それでも結局、新介は堺に向けて出兵したから、宿舎は留守居役と女達だけになってしまった。暇を持て余していた珠は、ある日中庭でぶらぶらしていた時、塀の外から何かが投げ入れられるのを目にした。不審に思って、侍女の楓に調べさせると、それは拳大の大きな石ころが紙に包まれたものであった。
「あら、姫様、これは『ふみ』でございますよ」
 楓が石を包んでいた紙切れを開くと、中には文字が書かれてあったのである。珠は早速、中身を確かめた。
「これは……」
 見間違うはずのない武護の筆跡で「話がある」と書かれていた。珠がふみに記されていた例の壊れた塀のところに行ってみると、確かに人一人通り抜けられるようになっている。
「まあ、ここから外に出られるのね!」
 珠は目を輝かせたが、楓は気が気ではない。
「駄目ですよ。こんなところから外に出たりなさっては。ご用があるのなら、護衛の者をお呼びしますから。お方様にお話しをして、きちんと門からお出かけ下さい。だいたい、輿を用意せねばならぬでしょう? まさか、姫様が町人風情のように道を歩いて行くなど……」
「馬鹿ね。門から出たら、誰に会って何をするのか、母上に知れてしまうじゃない。誰にも言うな、って書いてあるんだから、内緒にしないと」
 珠は早速、その壊れた塀から外へ出ようとする。
「おやめ下さい。私が叱られます」
 楓は必死に止めようとして、二人はその奇妙な穴の前で押し問答をしていたのだが、そこへふらりと編み笠の男が現れた。  少女二人は悲鳴を上げたが、笠の下から現れたのは武護の顔であったから、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「おい、俺は『お尋ね者』扱いだろう? 喚くのはよしてくれ。見つかったら面倒だ。ちょっとだけお姫様を借りていくぞ。お前はそこで見張っていろ。茶を点てる程の時間で戻るからな」
 楓は日頃から憧れていた陶様に声をかけられ、まるで、何かの呪文でもかけられたかのよう。もう足がすくんで、動けなくなってしまっていた。
 本来ならば、中に入って茶でも入れてあげたいのに、と思いつつ、確かに武護は目立つので、珠は黙って後についていき、二人して寺から少し離れたところで話をしたのだった。
 難しい話はその場ではよく分らなかった珠であったが、武護の言うとおりにすれば良いのだと信じていたから、何もかもその指示に従った。
 先ずは戻って楓に事情を話す。この娘も珠が産まれたときから傍に付いている忠実な侍女であるから、奥方様に告げ口しようとは考えもせず、何もかも珠の言うとおりにしたのだった。
 二人は互いに着物を取り替え、日が暮れてから珠はこっそり昼間の「出入り口」から外へ出て行った。すると、武護が待っていて、珠は彼が待たせてくれていた輿に揺られてこの尼寺に着き、その一方では、珠がいなくなった後の宿舎に狼藉者が出て、捕り物騒ぎの挙げ句、珠が連れ去られたということになったのであった。