足利義材イメージ画像
 翌朝、義材が目を覚ました時、幕舎の中には誰もいなかった。そして、大切な神器はきちんと彼の脇に置かれてあった。
(夢か……)
 しかし、義材には何やら本当に黄泉の国から父が戻って来て、説教をして帰って行ったような生々しく鮮明な記憶が残っていた。

 三日後、上原元秀は義材を連れて帰京し、その後、義材の身柄は元秀の屋敷に移され幽閉状態となった。
 義材は知らなかったのだが、細川政元は自分勝手に将軍を交替したが、このことで天皇の怒りを買ってしまった。将軍というのは天皇に任命されて初めてその地位が認められるものである。しかし、そうやって自分が地位を認め宣下した将軍が配下の家臣によって勝手に廃位されるという事態を、後土御門天皇は憂慮したのだ。
 天皇は怒りの余り譲位するとまで言い出す始末であったが、結局は朝廷側も長老格の公家たちが集まって何とか説得にこぎつけた。しかし、天皇から新将軍の宣下が行われるのには年の暮れ近くになるまでの時間が必要となった。ゆえに、この時点では、何の実権もない囚人の身とはいえ、実質上の将軍はまだ義材であったのだ。

 家臣の家臣の屋敷の中で、まるで牢獄のような暗く狭い部屋に閉じ込められた義材はなおも例の神器に拘り続けていた。そして、上原元秀は毎日のようにやってきては、それらを渡すようにと脅迫めいた暴言を吐いて行く。
(一体いつまでこんな暮らしが続くのだろうか……)
 義材が一人寂しく溜息をついていたある日、酒でも入っていたのか元秀が何やら上機嫌でやって来た。
「どうやら義材様の落ち着き先が決まったようですよ」
「落ち着き先、だと?」
 このような男と口をきくことはほぼないのだが、この時はつい聞き返していた。
「小豆島だそうです」
(島流しか……それも、細川家の領国ではないか……)
 義材はたまらなく嫌な気分になった。
 元秀はなおも、嬉しそうに続ける。
「いかがですかな? そろそろ、お手持ちの品をお渡しいただけませんか? いつまでも役に立たないものを持っていたとて意味がないでしょうが。それがしも仕事ゆえ、このような嫌な役回りをさせられてはおりますが、何も好きであなた様にご無礼を働いているわけではないのですから。これ以上長引くと、それこそ痛い目に遭っていただかないとならぬようで。それよりは、いっそ、そんな不要なものはもう手放されては? 無事にお品を頂戴できましたら、すぐにこんなせせこましい所からは出ていただいて、心づくしの歓待でもと思うのですがね」
「……」
 確かに島流しになどなってしまえば、ますます将軍の座からは遠くなる。それに、毎日のように脅迫されて正直、義材も疲れ果てていた。
――そなたの寿命はここでは終わらぬ
 夢だかなんだか分からぬが、父・義視の言っていた言葉が思い出された。父の言葉が正しければ、いや、父の言葉が正しくないはずはないのだ。その通りであるのなら、悪人どもには待っていれば天罰が下る。それならば、奪われたものはまた取り返せば良いではないか。 「良いだろう。だが、本当にここから出してくれるのか?」
「当然ですとも」
 何やら元秀は本当に嬉しそうである。

 言に違わず、元秀は例の品々を運び出した後、義材を外に出してくれた。離れの別室に、珍しく、豪勢な酒食も用意されている。
「いやあ、最初から素直にお渡し頂いていれば、何もあのような場所に閉じ込めるなど」
「ふん。たかが鎧と剣ではないか。だが、『お飾り』の将軍に『お飾り』の品。当然必要なものが揃わねば話にならぬの」
 義材の嫌味も、元秀の耳には届かない。いや、本当に今日は記念すべき一日である。またしても、主・政元の覚えめでたくなるに違いない。何しろ、この微妙な身分の義材を預かることを毛嫌いした政元から、強引に押し付けられてしまった元秀である。死なれても困るし、逃げられても困るし、とにかく、円満に必要なものを手に入れ、処置が決まるまではなんとか無事に生かして置け、との命令であった。
 抹殺することまでは考えていない、もしくは、島流しとなって反対勢力が壊滅してから密かに葬り去るつもりなのか。そこまでは主の気まぐれなのでなんとも言えないが、まずは例の品を手に入れ、とっとと島へ流されてくれるまでやり過ごせばいいのだ。これで第一関門は突破できたではないか。