足利義材イメージ画像
 堺の陣中で、新介らが手持ち無沙汰な日々を送っている間にも、京ではあの細川政元が着々と悪だくみの準備を進めていた。
 赤松政則の祝言から二日後、四月二十二日のこと。細川政元は、清晃、そう前将軍義尚逝去の際、自らがその後継者に押していた天龍寺香厳院清晃を自らの屋敷に招き入れてその身柄を保護するとともに、義材の側近や取り巻きらの屋敷を次々と襲撃するという暴挙に出た。何しろ、将軍様自身が御所を空にして隣国にいるのだから、抵抗のしようが無いというもの。当然その取り巻き達もたいていは親征に付き添っていて、京にはいなかったし、誰一人何の備えもしてはいなかった。戦に出ていなかった公家のような連中は元々武芸に疎いのであるから、ただ逃げ惑うばかりである。翌日には、将軍の身内までもが襲われ、京は細川政元とその一派によって完全に制圧されてしまった。
 こうして、京を我が掌中に収めた政元は、将軍義材を廃し清晃を新しい将軍に立てること、また、畠山政長の河内の守護職を解任することを宣言した。この一連の騒ぎの陰には、元御台所にして、前将軍の母であった日野富子も一枚噛んでいて、政元の敵方襲撃に関してはその指揮を執り、義材の母や妹達が襲われた際には、女達を丸裸にして居所から引きずり出すなどまさに「女らしい」復讐の怨念が渦巻いていたという。

 高屋城を囲んでいた将軍義材は勿論、側近の畠山政長、葉室光忠や、政元の悪だくみを何も知らなかった堺の新介も含めて皆青天の霹靂であった。
(鶴が言っていた『不吉な予感』とはこのことであったのか……)
 しかし、細川政元が一人で「将軍を交替します」と喚いていたところで、そんなもの誰も認めなければそれまでである。何しろ、将軍様の留守中に勝手に起こした事であるから、京に戻って「大悪人」を成敗すればそれまでではないか。丁度良い案配に、将軍指揮下には各地の守護達が馳せ参じている。それらの大軍を以てすれば政元の暴挙など何と言うことも……。
 だが、「普通に」考えればそうなるはずが、将軍配下の守護達は京での出来事の知らせを聞くと皆我先にと将軍様を放置して逃げ出してしまった。新介の陣中にも、安芸・石見の国人達が逃げ込んでくる。
「そなたら、一体何をしておる!? 御所様を残して逃げ帰ってきたのか?」
 到底信じられないことである。
「しかし、皆どうやら最初から細川と手を組んでいたようでして。誰一人将軍様の為に残って戦おうと言う者はおりませんので。我らとしても、先ずは新介様のお言葉を聞いてからと……」
「馬鹿者!! このような不忠が許されるはずはなかろうが」
 そうは言ったものの、新介とてどうすれば良いのか分らない。
――決して兵を動かしてはなりませぬ
 武護の言葉が思い出された。
 しかし、このままでは、「大悪人」細川政元の言いなりではないか。まさか、本当に勝手に将軍様を交替させるなどと言うことが叶うとは思えぬが。
(そうか。こんな時のために『相談』する相手がいたではないか)
 新介は早速赤松政則を訪ねることにした。ところが、ここでも同じく、派遣していた兵はすべて堺の陣中に戻っており、政則は元よりこの怪しげな「将軍交替」という天変地異にも欠片も動じている様子が見受けられない。
「まさかとは思いますが、赤松様は最初からこうなることを知っておいでだったので?」
 新介は不審に思い、ついそう尋ねてしまっていた。
「大内殿、わしはこれでも細川家の身内ですぞ」
 政則は気の毒そうに答えた。
「身内……。僅か数日前に奥方を迎えられたばかりではないか」
 やはり「知っていたのだ」。それがいつからかは知らないが、知っていて一言も教えてはくれなかった。新介の心に、途端にこの人物への不信感が渦巻く。
「将軍様が誰であれ、貴殿やお父上の領国が侵される訳でもないでしょうが。ここは流れに身を任せるのが賢明と言うものですぞ」
 新介にはおよそ、政則のこの言葉が信じられなかった。何とも無責任な事なかれ主義ではないか。単なる父の名代である己と違って、赤松家は幕府、それも義材が将軍を務める幕府の中でお役を頂戴しているお家柄、そして政則はその当主ではないか。もう、こんな輩と話し合うだけ無駄だ。