陶武護イメージ画像
 翌朝、武護は赤松政則に昨夜のことを報告した。当然のことながら、赤松家のものは誰一人としてその出来事について知らず、政則は驚くことしきりであった。
「恐らくは、どこもかしこも細川の間者の目が光っています。こちらの警護はあまりにも甘過ぎです」
「いや、これはとんだことを。しかし、陶殿のお命を狙うとは。思いもよりませんでした。末恐ろしい若者ゆえ、先にその芽を摘み取ってしまおうと考えたのでしょうなぁ。もしも、真剣に『仏門に入る』ことを考えておられるのなら、急いだほうが良いのでは? ここは細川家のお膝元でもあるゆえ、我らでは守りきれません」
 武護は厄介払いを決め込もうとしている赤松政則をおかしく思い、笑いを噛み殺しながら言った。
「勿論真剣に考えておりますよ。ただ、今少し、時期を見て、と。もしもご迷惑ならばここを出て行きますが」
「迷惑だなどとは。しかし、昨日のお話は本当なのですか?」
「話とは?」
「その……お父上のこと……いえ、大内殿がその……」
 どうやら、嫌われた理由はこちらのようだ。
「出来すぎる配下が目障りになるなど、ありふれたことでしょう? 反対に、無能な主がそれらの配下に追い出されることも。ですが、あれは、赤松様への嫌がらせに言いました。あまり親密にしていると思われたくなかったもので」
 そう言って、武護はぺろりと舌を出した。
「……」
「出家は真剣に考えています。全てが無事に済んだらどこぞの寺に紹介状を書いて下さい。主と諍いになったのは『女』のためです。二人して同じ女に惚れました」
「『女』……」
 赤松政則は立ち去る武護の後ろ姿を見送りながら、自らも細川政元同様「末恐ろしい若者」だと思った彼が、やはり年相応の子供じみた喧嘩で主と仲違いしたのだと思い込み、何やらほっとしたのだった。そんな理由なら、ここで暫く頭を冷やしたら、また元の鞘に収まるであろう。何やら微笑ましく思った政則の耳に、武護が振り返りもせずに言った言葉が聞こえてきた。
「主を追い出した配下の心理というものが知りたい。ご縁あれば、浦上則宗殿にお引き合わせ下さい。あ、あと、ここの警護を増やすのをお忘れ無く。毎晩寝ずの番は辛いので」
 赤松政則はふっと天を仰ぐ。どうやらとんでもない化け物を屋敷に入れてしまったようだった。

 ことの起こりは数日前、例の大内家から付け届けの山が届けられたあの時からだ。政則は付け届けの品々と共に屋敷内に紛れ込んでいた、その若くて眉目秀麗な若者が、当主の義興だと思い込んでしまった。途中から勘違いに気付いたが、どうやら主の側近らしき人物であったし、爽やかで気持ちの良い若者だと思ったのだ。
 用件は「主の力になってくれる人物を探している」とのことであったが、将軍義材の元で「気に入られて」おり、「人柄も申し分ない」政則様以外には思いつかなかった、と持ち上げられ、更に、「赤松再興軍」の話に感激し「中興の英主」としてのお噂はかねがね……とこれ以上無いほどの賛辞の嵐に、それこそ政則のほうでも、武護とその主の義興とが、この世で一番の赤松家の信奉者だと思ってしまった。
 それが、それから僅かに数日の後、同じ若者が主と仲違いしたので匿って欲しいと転がり込んできたのである。しかも、本人は相当にショックを受けているようで、出家したいと強く望んでいた。すぐにでも大内家に知らせるべきか迷ったのだが、主従共々子供であるから、単なる「若気の至り」で終わる可能性もあり、暫くこのまま様子を見ることにしたのだ。
「再興軍」に守られながら、苦労して辛い少年時代を過ごした政則は、かつて寺にいたこともあり、慈悲深いお人好しだった。「お人好し」などと言われる人種は他人に優しく親切な反面、冷酷非情には決してなれないので、何かの決断を迫られるととかく優柔不断になりがちだ。
 政則はまさにそうで、事なかれ主義でありながら、関わりたくもなかった細川政元からの縁組み話を断れず、その一方で、細川家と犬猿の仲である大内家の家臣の若者を屋敷内に保護してしまった。これとても、彼が路頭に迷うようなことになっては気の毒だと思ったゆえだ。
 しかし、どうやら、相手は相当な曲者。しかも、会いたいというから頼まれるままに細川政元に会わせてしまったら、今度はそこから刺客が送り込まれたという……。何やら知らぬ泥沼に巻き込まれてしまったのではなかろうか? そう思うと政則は不安でならない。