細川政元イメージ画像
 明応二年(1494年)二月十日。将軍義材は御所に赴き、後土御門天皇に河内征伐に向かう旨をお伝えした。こうして、一部の取り巻きを除き、多くの幕閣に反対された、二度目の将軍親征は遂に後戻りできないものとなってしまったのである。
 最後まで強硬に反対していた細川政元は、この戦への同道を拒否。立腹して御前を去って行ったが、その機嫌の悪さとは裏腹に、表情は明るかった。それは、御所を出た辺りからますますわかりやすいものとなった。そして、その後、「盟友」赤松政則を訪ねた頃には、声を立てて笑っていた。
「そろそろお出でになる頃かと思っておりましたよ」
 政則は穏やかな表情で、政元を迎え入れ、二人は客間の中で酒食を共にしつつ、暫し語り合った。
「貴殿のほうは『戦』の支度で忙しいのであろうな?」
 政元はやはり、嬉しくてたまらぬ、といった風である。あれほど反対していた、将軍親征に政則は従軍するというのに、そんなことは気にも留めていないようだ。
「ええ、まあ」
 政則は適当に相槌を打つのみ。どうも二人の話はかみ合わない。恐らく、性格も合わないのであろう。
「それで、お方様は何と?」
「たいそうお喜びになられていたわ。言うまでもなかろう。やっとあの恩知らずを片付けることが出来るのだからな」
「六年ですか。短いような、長いような……」
 政則はしんみりと言った。
「何を言う、貴殿など十余年にも渡り、お家が断絶すると言う悲運に見舞われたではないか。それを思えば六年など短い」
「そうですな」
 十余年の苦労を味わったこともない人間に、長い短いなど語れるものか。そもそも、細川家と赤松家とではその家柄も勢力も元々比較にならない。政則から言えば、政元はけっして信頼に足る人物とは言い難かった。だが、この男の政治能力、いや陰謀を巡らせる術とでも言うべきか、その巧みさは、他に類を見ないほど優れている事だけは認めざるを得なかった。それゆえに、敵にしたくはない人物なのである。
 せっかく、新しい将軍様の下、自らも志新たにと思っていた矢先ではあったが、どうやらこの男のせいで全てを掠め取られることになってしまった。悔しくはあるが、結局のところ、大事なのは我が身と「お家」とであって、それを守るためには、正義だの、忠義だのは二の次であった。
 暫しの沈黙の後、政元がまた口を開いた。
「問題は大内の小僧なのだが……たかが小僧一人ゆえ、どうとでもなると思ったが。どうやら政弘めが国許から目を光らせておるようで、なかなか一筋縄ではいかぬ」
「仰る通りの小僧一人ではありませぬか。何を恐れることがおありで?」
「そうなのだが……何せ数が多い。しかも、あやつの親父のせいで、大内の威名は轟いており、京にいるだけで厄介なのだ。他の者たちもあやつの動きを気にしておるのだが、わしにも何を考えているのかさっぱり分からぬ。先方は付け届けさえ受け取らぬゆえ、何度行っても門前払い。わしも嫌われたものよの」
「これはこれは。左様でございましたか」
 政則は愛想笑いをしつつ、客人の盃を満たす。
 妙な修行に凝っている細川政元は、女人を近づけず、女房達に世話をさせるわけにもいかぬし、かと言って、無骨な男衆を呼び込んだところで、こちらがつまらない。
「実は……会っていただきたい者がございまして」
「ほお?」
 どうせまた官職の世話など頼みたいということだろう。取り敢えず、今はこの男を完全に味方に引き入れるため、要求には何でも応えてやるつもりである。そもそも、適当な官職くらい、この細川政元を通せばどうとでもなるのだ。今は、邪魔になっている将軍とそのつまらぬ側近がいるが、あれらの連中の命運はもはや尽きかけているのだから。今から、先を見越して、我が元にすり寄ってくるとは、政則の入れ知恵があったゆえにとは思えど、なかなかどうして賢い者ではないか。
「会ってやるとしよう」
 政元はそう言って一気に盃を干した。気のせいか、上機嫌になっていると見える。