大内義興イメージ画像
「我らの間には主従関係はない、そう仰いましたね。では、今日は思い切り飲みませんか? 嫌なことは忘れてしまいたい」
 嫌なことというのは、叔父上の死のことか。それとも自らの「主」すらも「手駒」にされているこの戦いではその「配下」などには更に立つ瀬がないと気分を害しているのか? しかし、どうしてまた今ここで、急にそんなことを言いだしたのか。
 あまりに暇すぎるから、余計なことばかり考えてしまうのだろう。確かにたまには飲み明かすのも良い。
「良いだろう。もしも今宵出陣の要請が来たら、酔いつぶれてしまって参陣できませぬ、とお答えしよう」
 そう言って、二人は酒肴の準備を整えさせて一晩中飲み明かした。
 一応は参軍中の身であるし、宿舎も寺の「坊」なだけに、綺麗どころを呼び込むこともなく、文字通り二人きりの酒宴であった。
「つまらんですな。せめて京おんなの一人でも酌をしてくれたらと思いますよ」
 武護はそうぶつぶつ文句をつけながら手酌で盃を口に運んでいる。
 その姿を見ながら、新介は心中なにやら可笑しかった。あれほどその存在を否定し続けた京おんな。実際のところ、いるのかいないのか? まあ、いてもいなくても、そんなことどうだっていい。
 武護は相当酔いが回ったのか、やたら饒舌になっていた。
「そもそも、幕府の権威は既に地に落ちています。元々があれらの管領だの評定衆だのが幕政を牛耳っている。将軍など『お飾り』なのですよ。もしも、力がおありなら、先の大乱などおきなかったでしょう。しかも、あれらの取り巻き連中には自分たちには偉そうにふるまう以外に何の力もない。もしあるのなら、六角なにがしを潰すためになぜわれらが遠路はるばる周防から呼びつけられるのですか?」
「恐らくはそなたの言う通りなのであろうが……ここは幕府のお膝元であるし、大胆なことは言わぬほうが良い。どこで誰が聞いているか分からぬではないか。そもそも、此度の出陣は父上の御意向ゆえ我らが口をはさむことではない」
「御館様は先の戦でも今の将軍様のお父上のために、随分と手柄を立てられたそうで。だからこそ、思い入れもおありなのでしょうが、われらには関係のないこと」
「鶴の言う通り、父上は亡き大御所様と浅からぬ縁がおありだったゆえ、そのお子にも義理立てする必要があるのでは?」
「そういうことが馬鹿らしいと言っているのです。我らは我らで領国経営に力を入れ、将軍家と取り巻きのことなど放っておけば良いのです。見ればお分かりでしょう? あの金と権勢にしか関心のない葉室光忠や自らの私怨を晴らすこと以外頭にない畠山政長。将軍様とやらはあやつらの言いなりですよ。あんな連中に関わるだけ無駄なのです」
「そんなことを言い始めたら、父上が応仁の乱に参軍したことまで意味がなくなってしまうではないか」
「あれは別に将軍家のため云々ではないでしょう。御館様と細川家の曰く因縁は今も続いている。今後同じような小競り合いが起これば、たとえその頭目が誰であれ、細川家がついていない側に付く、それだけです」
「……」
 幕閣の中で最高権力をふるう細川京兆家は大内家にとってまさに目の上のたん瘤。広い領国は畿内に留まらず、四国にまで及んでいる。そのため、瀬戸内の海運の利権をめぐり先祖代々争いが絶えない。何も戦が多発しているわけではないが、互いに相手を追い落として、権利を独占したいと望んでいた。
 だからこそ、応仁の乱ではその対抗勢力筆頭の山名家側に付いた、というのが本音であろう。そしてまた、そのせいで、細川家の嫌がらせに遭い、道頓の反乱が引き起こされ、分国は危機に陥れられたのだ。一方で、九州の大友や少弐が細川に付いたことも、個人的感情だの婚姻関係などということよりも、九州の利権を守るために大内家と争っていたから、その敵側の誘いに乗ったに過ぎない。