陶武護イメージ画像
 それから数日ほど、新介はまた武護と共に、外へ出歩いて過ごした。時には近臣の眼を盗んでこっそりと抜け出し、あるいは護衛たちを振り切って、二人だけで文字通りの「お忍び」を体験したりした。当然のごとく、主従揃ってこってりと油を搾られたが、毎日が楽しく、夢のようであった。
 やはり何をやるにも武護なしではつまらない。こうやって、いつまでも二人、共に手を取り合って行くのだ。やがて、父上の後を継いで国を治めることになったら、武護には常に傍にあって、その政を補佐し、戦場にあってはその人並み外れた軍略の才と武勇でもって助けて欲しい。年若い彼らにとって、何もかもがこれから始まるのではないか。
 そうやって、暫く親しく傍に置いていたが、その日は何やら武護の様子がおかしかった。その日、というより実は数日前、例の長いこと言い合ったあの日からずっとそうであった。またか。何のかんのと強がりを言ってもやはり、父の弘護のことが気にかかるのだ。女など関係ないことは分かっている。
 鶴がこんな風になってしまったのは、すべて、叔父上の死のためだ。あの日からすべてが変わった。武護だけではなく、彼を慕う新介にとっても、その後の人生が狂わされてしまったのだ。そう思ったが、敢えてそのことには触れないでおいた。
「どうかしたのか? 今日はまたどこを見て回るか決めておいてくれたか?」
「もう十分なくらい見ましたよ。今日は一日休みを頂きたい」
 武護は疲れた顔でそう言った。
「休み?」
「新介様のお相手も気を遣います。私とて疲れることはあるのですよ」 「気など遣うなと申しておるのに。我らの間は主従関係とは違う、常にそう言っているはずだ」
「そんな綺麗ごと、臣下の側からは畏れ多くて申せません」
 久々にまた物憂げな表情である。京に来てからは初めてのことだった。
「父上が亡くなってもう十年も過ぎたのです。未だに御館様から事の顛末について説明はありませぬ」
「……あれは、もう『過去の事』だと。つい先だって己の口でそう申したではないか」
 やはり「あのこと」だ。今度こそ明らかにしてやらなくては。此度の親征で手柄の一つも立てれば政弘も上機嫌で迎えてくれるはず。その頃合いを見計らって今度こそ尋ねてみよう。新介はそんなことまで考えた。蔵の中で記録など調べるより、そのほうがずっといい。これまでは、恐ろしくて聞けなかった。「子供には関わりのないこと」と突っぱねられたときの記憶が鮮明だったからだ。だが、もう覚悟を決めた。何もかも鶴の為ではないか。しかし、武護の話にはまだ続きがあった。
「そう、とうに『過去の事』です。主君の側では配下の死などそんなものです。ですから、新介様にも将軍様の手駒にされて、もしものことがあったら馬鹿らしい、と申し上げました」
「それは……父上もそなたのお父上を手駒と見なしていた、ということか?」
 武護はそれを聞いてふっと笑った。
「そうですね。元はそうであったかもしれません」
「……」
「元は」というのだから、その後なにがしか別ものに変わったのであろうか。分るような、分らないような気がしたが、これは恐らく尋ねるべきではないのだ。