『秋風清々』表紙絵
 再興軍と聞いて、マニアが真っ先に思い出すのは、尼子再興軍であろう。尼子家再興のために「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った山中鹿之介。武勇に優れた美丈夫で、その上これほどまでに忠義に厚い人物とあれば、そこらの歴女連中が放っておくわけがない。
 亡父の蔵書に中山義秀という方の書物が数多く残されており、恐らくはほとんどが祖父から受け継いだものだったのであろう。出版時期が昭和初期というかなりの時代モノであった。その中に短編集が一冊あり、そこには『山中鹿之介』というタイトルの作品が収められていた。
 そのうち読みたいと思ううち、母の手によって父の遺した蔵書はきれいさっぱり処分されてしまった。持ち主が世を去れば、当然遺された品は邪魔でしかない。手狭な家の中で、古い床板が抜けそうになるほどの分量だった『遺品』の書物たちは、もはや故人に何の未練もなくなった元妻の手で、そのすべてがゴミ処理場に運ばれてしまったのだった。
 そんなわけで、尼子再興軍と山中幸盛についての知識はゲームの中で仕入れたことくらいしかない。しかしながら、同じく心底毛利を憎む者として、尼子再興軍を応援したい気持ちは強くあり、捏造だらけの我が歴史SLGゲームソフトの中には、尼子家を強くするための捏造家来が大量に配備されている。最初から強くしておけば滅ぼされることもないから、「再興軍」も何も必要なくなってしまうのだが。
 西に大内(当然ながら、質量ともに尼子家を遥かに凌駕する捏造家来付き)、東に尼子。もはや毛利など無双できる要素は欠片もないのである。試しに我こそはと思われるそこのヘビーユーザーの方、我がソフトで毛利家プレイをやってみることをおススメする。どんなに頑張ってみても絶対にクリア不能なはずである。
 話がかなりわき道にそれてしまった……。言いたいことは、再興軍って言ったら、尼子家だろう? という方々に、いや、「赤松再興軍」というものもあったんだぜ、ということなのである。

 六代将軍・足利義教は、新介も直にお会いしたあの美男将軍・義尚の祖父。そして、父・政弘と縁ある亡き大御所・義視や八代将軍にしてやはり先の大御所・義政らの父である。これらの文弱だったり早死にだったりする将軍たちの父や祖父でありながら、この人はそれこそやる気に満ち満ちた人物であり、幕府及び将軍の権力強化のために文字通り命を捧げた。
 だが、そのやり方がやや強引であったため、当時の人々、および後の世の人々共にあまり芳しい評価を与えていない。だが、思い切って事を行おうとすれば、多少強引になるのも仕方のないことである。そしてまた、幕府権威と将軍権力を衰退させている元凶を相手にするとなれば、当然の如く冷血非情を以てあたらねばならぬのもまた至極当然のことである。筆者が「教科書」と拝んでいる歴史書(これについては後書きで述べたい)では、この人を単なる極悪非道の人物とは評していない。しかし、一般の「通史」的には、「万人恐怖」の「籤引き将軍」という有難くもない通り名が浸透してしまっているようだ……。
 さて、足利義教はその強引なやり方で、諸大名の家督相続に介入したため、当時どこもかしこもお家騒動の火種だらけであった大名たちは恐れおののいていた。だから「万人恐怖」なのである。その頃、義教との関係が悪化し、疎まれていた赤松家の当主・満祐は次は我が身と覚悟を決めた。ゆえに、将軍暗殺という恐ろしい手段に出たのであった。とは言え、こういうことは、やると決めたらまさに命懸けである。仮に将軍暗殺に成功したとしても、その後の自分たちの生命を保つことは非常に難しいからだ。