陶武護イメージ画像
 その頃。武護は何をしていたのであろうか?
 彼は故意に新介を避けていた。また寺巡りなどに付き合わされたり、将軍様のお側にお供させられたりしたら良い迷惑だ。例の「不吉な予感」がなんなのか、それを突き止めない限りは、新介を守ることができない。そう思い、京中を回って情報を仕入れていたのである。
 河内の畠山基家は、戦上手として知られていた義就の子。そもそも、彼らは十余年もの長きに渡り、彼の地を実効支配している。畠山政長とは犬猿の仲であるから、当然徹底抗戦のはずだ。にも関わらず、将軍様の元にいる軍勢ときたら、諸国からかき集められたやる気の無い連中ばかり。確かに数では圧倒しているが、それだけで戦に勝てるものではない。
 前回の六角討伐の時のように、後方に配置され何事もなく終われば良いのだが、今は既に、一万五千の大軍が京入りしており、将軍様と取り巻き達の大内家に対する期待度は大きい。これを無視し続けることはできるのだろうか。
(俺なら絶対に無視するが……)
 武護は、義理堅い新介が、父親と亡き大御所様とやらの浅からぬご縁、それに、自身も現将軍様にお目通りしてしまったせいで、全力で援護するつもりになっていることを知っている。
 最前線に投入されれば何が起こるか全く分らない。ここは何とか思い止まらせなければ。それに、新介は京での地盤が全くなく、頼りになる人物がいない。政弘が必死に根回しを行っているが、あんなもの、実際に役に立つのは葉室のような人物のところで、せいぜい将軍様への取り次ぎの順序が早まる程度のものだ。誰か、京の事情にも詳しく、いざというときに力を貸してくれる者が欲しかった。
 そう思い、密かに在京する連中や、今回呼び集められた者達に探りを入れて回っているのだが、なかなか切り札となるような人物が見付からない。どれも海千山千で、新介のような遠く西国からぽっと出てきた十六の子供のことを親身になって考えてくれる者などいるはずがない。
 誰しもが我が身可愛さだけである。それでもかまわないし、それこそが究極の処世術なのであるが、新介にはそれがまるで分っていない。武護とて、京の事情に精通している訳ではないので、どうすれば良いのか上手い答えが見つけ出せないでいた。

 それに、もう一つ重要なことがあった。新介自身は知らなかったのだが、配下の兵士や下士官、それに隊長ら、そして、政弘が手配した武官・文官に至るまで、皆新介のことを「京生まれ」と馬鹿にしていた。
 これは武護にも理解しがたいことであったのだが、そもそも、彼らは分国を第一に考える。先祖代々その土地に根ざしてきた者たちである。例え、新介が単に「京で出生した」というだけで、赤子の頃からずっと周防で過ごしてきたのだとしても、この「京生まれ」という四文字は非常に重い意味を持っているのであった。
 彼らは葉室光忠のような気色悪い公家を直接見知っているわけではないが、国許へ下向してきているあれらのへなちょこな連中を目にしているから、だいたいどんな者たちなのかは理解している。例外もあったが、武官の殆どは、公家たちの風雅の道など理解できぬ者たちであったし、「京生まれ」というだけで、新介はもう、あれらの公家達と一括りの文弱で軍略など何も分らない子供、と思い込まれていた。
 この差別感情を吹き飛ばすには、それこそ、戦地で苦楽を共にし、その勇猛果敢なところを見せつけてやるだけで良い。しかし、今のところ、このような手持ち無沙汰であるから、その機会はまったくない。とはいえ、機会がある、ということは新介の身を危険に晒すことにもなる。この問題は重大であった。