今小路殿イメージ画像
「ねえ、母上。『嫁ぐ』ってどういうことなんですか? 父上に『嫁ぐ』時、母上も恐ろしかったですか?」
 妹の珠は、京の公家に嫁入ることが決まっていた。その日が近くなるにつけ、幼い珠には不安が募る。
「まあ、恐ろしい、ですって? 嫁ぐのが怖いのですか?」
 母の今小路は幼い娘の不安を和らげようと、微笑みながらそっとその髪を撫でつけてやる。
「そうですね。確かに嫁ぐ日というのは誰しも不安になるものでしょう。ですが、素敵な夫君にお会いすれば、そんな思いは消し飛んでしまいますよ」
「……」
「京では、周防の田舎者に嫁入るなんて、それこそ哀れだと皆に陰口をたたかれました。お養父上は『お前の夫となるのは、西国一の武勇に優れたお方だ』と仰ったけれど、それを聞いたわたくしはきっと鍾馗様みたいな方だと思って、それはそれはもう恐ろしくて」
「鍾馗様!? 父上がですか」
 傍にいた新介は吹き出したが、珠には意味が分からないようだ。
「長いお鬚に、ぎょろりとした目つき。それこそ鬼の形相であるぞ。確か雪舟禅師も鍾馗様を描いておられた気がするが。そなたは見ていないのか?」
 兄の話を聞いた珠は、ますます怖しくなった。化け物のような婿殿に取って食われる哀れな自分の姿が見えるかのようである。 「いやです。そんな鬼みたいに怖い人……」
「心配するな。公家というのは女のような男と決まっている。鬼の形相などしたくても無理だわ」
 そう言いながら、新介の頭の中には例の葉室光忠が浮かんでいた。あれよりは鍾馗のほうがマシであろう……。
 鬼の次は、女のような男などと言われ、幼い珠はますます気味悪がった。
「これ、何を言うのです?」
 今小路が新介を咎めた。
「鍾馗様のようなお相手と思って覚悟して嫁いだら、お父上のような素敵な殿方であった、と話そうとしていたのですよ」
「これは余計な事を……」
 しょんぼり項垂れる新介を見て、今小路はふっと溜息だ。

 このところ頻繁に訪れるのは、相手をしてくれる鶴寿丸がいないせいだろう。今小路にとっては、たとえどれだけ大きくなっても、二人はいつまでも幼い亀と鶴なのであった。だが、気になるのは鶴寿丸ならぬ武護の外出がよくない遊びのためだ、という噂になっていることだった。
 今となっては子供時代の頃のように、傍に呼びつけて意見するのは憚られるが、もしもよくない噂が本当であるとしたら、当然いさめなくてはならない。だいたい、山口では、今小路の許に仕える女房たちも何人か武護を追いまわしていたから、目が肥えた京おんなとて彼を放ってはおかないだろう。すでに、どこぞの娘と懇ろになり、その娘に会いに通っているのかもしれない。
「あなたの嫁取りが進まぬから、鶴寿丸のお相手の話も出ないのですよ。だからあれこれと無礼な噂の種にされて。気の毒なこと。珠とて、兄上であるあなたの婚儀より早く嫁ぐことになってしまって……」
「嫁ならとうに決まっているはずですが、相手がいつまでも嫁いで来ないのではありませんか。それも、父上の御意向ならば、私にはどうしようもありません」
 新介は母の前で、愚痴をこぼす。例の内藤弘矩の娘とやらは、いつになったら嫁いでくるのか。相手まで決まっているのに、婚儀が先延ばしになっているのは、何やら問題があるように思えるではないか。
「お父上ときたら、あなたのことになるととことん突き詰めないと気が済まぬからですよ。これでは内藤家の娘御に申し訳が立たぬと、わたくしからも何度も申し上げておるのですが」
「え?」