将軍義材の近江親征への参陣を命じられた大内政弘。嫡男の新介に名代を務めさせ、自らは国許での後方支援に回った。要するに、兵糧の確保とその輸送の手配である。とは言え、総勢一万五千の大軍であるし、これだけの人数を食わせてやるのは並大抵のことではない。しかも、周防から京までは遠い上、戦の期間が長引けば当然必要な物資とて増えていく。これを自前でまかなうとなれば、それこそ、召集された守護達にとっては大きな負担であった。この親征に対して、周防から輸送された兵糧は一万六千石にも及んだとの記録が残っている。政弘自身は将軍直々の参軍要請を無視したものの、やはり息子の新介のための支援はぬかりなく行っていたのである。
 既に、義材の親征宣言から半年以上が過ぎており、参軍要請からもかなりの時間が経っていたから、義材の本隊はとうに近江に入り、大津に陣を張っていた。旧「東軍」の赤松政則、武田元信両名が師奉行に命じられ、ことに赤松家の活躍が目覚ましかった。
 赤松家と言ったら、確か、例の将軍義教暗殺を行った家のはず。そのせいで討伐され、一旦は滅亡の憂き目に遭った。しかし、上にあるように応仁の乱では普通に「東軍」に属し、大名家として存在している。これには、お家再興を目指す遺臣たちの活躍があり、これまた数奇な運命を辿っているのだが……まあ、これについては後ほど改めて。
 そんなわけで、将軍様率いる大軍を目にして、例の六角行高は甲賀の山中に逃げ込み、またしても前回と同じ展開となっていた。その頃になって漸く腰をあげる大内家。とは言え、戦支度はそう簡単なものではないのだから、京の辺りに領国を持つ守護達と一緒にされて、これを以て「やる気がない」「いい加減だ」とされても困るのである。

 いよいよ、生まれて初めて軍装に身を包む新介と武護。武護の英姿颯爽たる様にまたしても、館の女たちが卒倒する騒ぎとなったのは言うまでもない。一方の新介とてなかなかのもの。その初々しくも凛々しいお姿に、心奪われた女房達は数知れなかったのである。無論、そんな畏れ多いこと、口にするのも憚られるから、誰一人言葉には出さなかったが。そして、彼女らにもまして、我が子の立派な姿に感極まる母の今小路。
「ご立派になられて……」
 感極まってそっと目頭を押さえている。
 政弘のほうも、満更ではない。どうやらこれは、陶武護のような遊び人風情とは違い、まこと絵に描いたような美男子ではないか。まあ、自らと仙女と見紛う今小路の間に出来た子であるから、それも当然である、とその若武者ぶりにこれまた親馬鹿ぶり全開で満面の笑みである。しかし、口ではあれこれと厳しいことを言う。
「良いか、御所というのは伏魔殿。憎っくき細川家の名を出すまでもなく、各幕閣、諸国の守護、どれをとっても一筋縄ではいかぬ。表に見えることと裏で動いていることは全く違うのだ。たかが賊徒一人を討伐するための戦とは思うな。己の一挙手一投足に十分に気を配るのだ」 「父上……」
 そんなことを言われても、新介には右も左も分からない。いきなりそのような恐ろしい所に放り込まれ、つまらぬ間違いで大ごとになってしまったらどうすれば良いのか?
 政弘は我が子の不安を吹き飛ばすかのように、呵々と笑い、 「まあ、細かいことは気にするな。今は分からずとも、いずれ分かるようになる。此度はとにかく、そなたの初陣であるから、華々しく手柄の一つも立て、将軍様のお心を開くことが出来ればそれで上々だ。将軍様は我らと縁浅からぬお方。そのことだけは忘れるでないぞ」
「はい」
「将軍様のお心を掴むことが出来れば、此度の戦は成功だ」
「心して努めます」
 その後も、政弘は此度新介に付き従う者たちと順番に言葉を交わす。武官は勿論、幕府との交渉などもあろうから、文官たちもそうそうたる面々である。そして、最後に武護の番となった。
「亡き祖父・弘房、父・弘護。ともに忠義に厚く武勇にも優れたる者であった……」
 政弘の言葉は明らかにその後も続いて行くものと思われたのだが、武護はそれを待たずに、さっと答える。
「はっ、祖父や父の名に恥じぬよう、陶家の一門として新介様をお助けし、お家のために尽力いたします」
「……」
 武護の受け答えは申し分のないものであったし、新介も含めその場にいた誰一人として、何の不審も抱かなかった。唯一政弘のみが、この華々しい場に不釣り合いな何ともいえぬ不吉なものを感じていたなど、他の誰が思い至ろうか。いたとしたら、それこそ主と「一蓮托生」の内藤弘矩くらいのものだが、こちらは輸送物資の差配のほうで忙しく、この場には居合わせなかった。
 青い甲冑に白の陣羽織。その惚れ惚れするほどの美貌に浮かぶ清々しい笑顔。そこに居合わせた誰もが、新介の「お気に入り」筆頭として、彼の将来が順調に始まったことを感じ取り、微笑ましく思うと同時に、不幸にも早死にしたその父親を思い出し、感傷に浸っていた。
 ただ一人、政弘だけが、その容貌があまりにも死んだ弘護に酷似していることに驚愕したのであった。
(おぬし、未だに生きておったのか……)
 一方の武護も、人を魅了する笑顔の裏側で、全く別のことを考えていた。
(あなたのやったことすべて、いつの日か必ず明らかにして見せましょうぞ)
 二人は目と目で語り合ったが、誰一人、それに気づくものはいなかった。