「義材様はかつて父上がお力を尽くして来られた西軍公方様の御子。何とも思いがけぬ結末となったものだ」
 大乱の最中には生まれてもいなかった新介と武護だが、京でのあれこれは、耳に胼胝ができるほど聞かされていたから、その複雑な人間関係についても耳学問として頭に入っている。畠山政長に馬鹿にされるまでもなく、政弘は義の人だ。長年「より将軍様に相応しいお方」として支えていたお人の御子の為ならば、十年にも渡り敵対してきたほうの将軍様の御子よりずっと親身になってお仕えしたいと思っているはず。だから、此度の親征への思い入れもより深いのであろう。新介はそんな風に考える。
「またそれですか」
 武護が関心なさそうに応じた。
「思えば長いこと無益な戦をしたものですな。あの将軍家は代々異常な程大酒飲みの家系だとか。先の将軍も酒と女遊びとで寿命を縮めたそうですよ。跡継ぎの子もおらぬうちに早々とあの世行き。放っておいても、義材様とやらにお鉢が回って来たでしょうよ」
 武護の毒舌は最近更に酷くなっている。未だに新介の「遊び相手」扱いで、正式にお役にも就けず、更にはあれらの女房達の追っかけ行為にも悩まされ、疲れ果てていたから、それを気の毒に思い新介も黙って見許しにしてきた。しかし、父政弘が十年もの間命を懸けて戦い続けていたことを、あっさり「無益」と切り捨てられては、いかに大好きな鶴の言葉とあっても聞き捨てならない。
「無益なことはない。父上はいつまでも戦が終わらぬことを嫌って東軍と和睦したが、負けたわけではないのだ。『将軍』と奉じて戦っておられたお方の御子がこうして将軍職に就かれたということは、遅ればせながら父上のご苦労が報われたと言えるではないか」
 新介が「負けたわけではない」と強がるのを聞き、武護は内心、不愉快だった。益田の伯父が言っていたほうが正論である。たとえ、そこに辿り着くまでに、どれほどの勝ちがあろうとも、その裏でどんな取引があろうとも、降伏を受け入れた時点で、もうそれはまぎれもない「負け戦」である。
 今にして分かることは、恐らく政弘が「東軍」に降り、国許に戻ったのは、自らの官位や役職のためであろう。本当に「勝った」と言いたいのであれば、その不敗の精鋭を引き連れて御所を焼き払い、「敵」将軍の首をあげて凱旋すべきである。だが、そこまでの力はなかったのだ。しかし、ここで新介とそのことを議論しても無駄である。相手は「主君」の息子。要するに、常に気持ちよく過ごせるよう、話すときには言葉を選ぶべきなのだ。
「そうですね」
 淡々とそう言ってごまかした武護に、新介はやや不満であった。
「何やら心ここにあらずといった風に聞こえるぞ。何を考えておる?」
「いいえ。考えるもなにも、我らが知り合った時すでに、京の大乱は終わっておりましたし、何事も人づてに聞いたことに過ぎませぬゆえ、私には何の感慨も湧かぬのです」
 武護とて、常に新介の傍らにいるのだから、彼が伝え聞いていることはすべて、同じように聞き知っている。しかし、彼は新介が知らないことも知っていた。それは主の政弘が在京していたおり、留守を任されていた亡父弘護についてのことであった。弘護の武勇伝の数々は、どうやらあれらの教育係の老臣が敢えて語ることを避けているかのごとく、二人の前で知らされたのは、ほんの僅かに過ぎなかった。それも、弘護の死後はその名前すら、語られることはなくなった。
 無論世間の口に戸は建てられないし、新介自身が弘護のことを慕っていたから、それこそ館勤めの女房達からでも、その雄姿の数々を聞くことは出来た。しかし、益田の伯父が話してくれたような「裏の事情」が、そのような者たちから新介の耳に入るとは思えなかった。
 父の事に思い至ると、武護の表情は曇り、それ以上言葉を継ぐことはなかった。
 どうやら武護はまた亡き父・弘護のことを考えている。このところ、何かにつけていいよどんだり、思い悩んだりすることが多い。そのふいに見せる何気ない憂いの表情が、全てを物語っていた。何事においても目端がきき、用意周到な対応をする彼をここまで無防備にさせるのは、今も心に重くのしかかるあの忌まわしき一件以外理由が見当たらない。そう思うと新介も辛かった。
 そろそろ「あのこと」について片を付ける必要があるのかもしれない。しかし、それには父政弘が敢えて曖昧なまま封印してしまった「子供には関わりのないこと」を再び掘り返す必要がある。確かに形の上では、彼らは既に「子供ではない」。だが、正面切って父に問い質す勇気はまだない。
「そうだな。我らはまだ生まれてもいなかった時のこと。分かるはずもないわ」
 新介はそう言って、その場を濁した。