武護言うところの「周防の片田舎」で少女漫画チックな恋物語が続いている一方で、京の都では慌ただしく政局が動いていた。
 応仁の乱の後、美濃の国で世捨て人同然に過ごしてきた元西幕府の将軍・義視。もはや、己は京の都とは生涯縁がない身と思い、むしろ、そんな気楽な身分と平穏な毎日が有り難いものにすら思えていた。
 そもそも、「次期将軍」の座に就けるなどという兄・義政の誘いに乗っていなければ、今頃浄土寺の門跡として、仏門にあったはず。いや、浄土寺は戦乱の被害にも遭い、戦後はそこに隠居所を建てたいと考えた義政によって場所を移されてしまい、今はそこに東山殿が建っていたのだが。
 しかし、皇室とも縁のある浄土寺は、義視が僧・義尋として入寺した頃には、たいそう栄えていた。やがては天台座主(法主、天台宗のトップ)にも昇りつめれることができたなら、それこそ出家の身分としてはその栄華も極まれりといったところだ。まあ、仏門にある者に、栄耀栄華などという言葉は無縁であるはずだが。しかし、義視も人の子だった。「将軍」という座に魅せられ、門跡の地位を捨て去り、のこのこ兄に付いていってしまったのだから。
 その後のあれこれは、もう思い出したくもなかった。心静かに仏に仕える道には二度と戻れない。そもそも、寺自体今はないのだし。長く続いた戦乱で疲れ果てた民は、例の山荘を造るために駆り出され、またその資金調達のために段銭を課され散々な目に遭ったのだ。だが、義視はそんな京の馬鹿騒ぎとは無縁であった。そんな隠居暮らしのこの身が、まさか再び「将軍」という権力に結びつけられる日が来ようとは。
 もう二度とは欺されぬぞ。そう思いながらも、此度は義政の我儘な思いつきでもなんでもなく、本当に前将軍、甥でもある義尚が死に、将軍の座は空位となっていた。そして、それを継ぐことを求められたのは、すでに尾羽打ち枯らした己ではなく、将来ある我が子義材だ。我が子の栄誉のためならば、確かにこんな田舎暮らしをするより「将軍」として華々しい活躍をさせてやりたい。そんな思いから、義視は義材を連れて、もはや二度とは戻るまいと誓っていた都の土を踏んだ。
 乱の終結から十余年。かつて大内政弘が長の戦乱から国許へ戻って来た時と同じように、義視もまた、懐かしい場所へ戻ってきた。はからずもこれまた政弘と同じく、大切な世継ぎたる若子を伴って。一連の騒ぎに巻き込まれ、寺での平穏な暮らしを失ったことを思い出せば、義政には恨みしかないが、唯一感謝するとしたら、父親となれたことだった。還俗しなければ、当然妻帯は許されず、子宝に恵まれることもなかったであろう。政弘にとっての亀童丸同様、義材は義視の希望であり、全てである。だが、違っていたのは彼は襁褓にくるまれた赤子ではなく、既に二十四歳の青年であった。

 義視父子が上洛した翌年、義政は我が子の後を追うかのように亡くなり、義材は晴れて将軍の座に就く。延徳二年(1490年)七月のことであった。
 しかし、義材は父の義視を「大御所」として、幕政の最高権力者の座に就けてくれた。かつてその名に惹かれ、だが結局は手に入れることが叶わなかったものが、人生の最後にその手の内に転がり込んだ。それは「将軍」という名前ではなかったが、「将軍」のお父上、という意味では、むしろ将軍よりも麗しい響きと、より強い権力を指すものであった。
 こうして、遂に幕政の最高権力者の地位に就いた義視であったが、その華やかな時間はあまりにも短く、儚いものであった。兄・義政の死からちょうど一年、つまり息子の将軍職就任を見届けてからもわずかに半年後の翌延徳三年(1491年)一月、義視もまた先に亡くなった兄・義政の後を追うようにしてこの世を去った。奇しくも、この兄弟の命日は全く同じ一月七日であった。

 義視父子を嫌い、対抗馬として堀越公方・政知の子を推していた細川政元は管領職を辞し、暫し政界中央を離れる。その代わりに政元と不仲で不遇をかこつていた前管領・畠山政長が義材に擦り寄り、やがてその側近となっていく。
 ここで思い出して欲しいのだが、そもそも応仁の乱のきっかけとなった畠山家のお家騒動。あれは、この政長と、従兄の畠山義就との争いであった。その際、政長は「東軍」にあった。つまり、義就のほうが「西軍」である。しつこく繰り返しているように、足利義視は元「西軍」の連中に「将軍」として担ぎ出されていた。だからこそ、元「東軍」の細川政元には嫌われ、また元「西軍」であった大内政弘などは分国内で密かに義材の将軍就任を喜んでいたりしたはず。それならば、そもそもの火種の元となった畠山家の、しかも元「東軍」の政長が義材に協調するのは不思議な気がする。
 そう、政長はそのような過去の曰く因縁より以上に、戦後の幕府内でいたたまれなさを感じていたのである。応仁の乱はもはや過去のものとなっていたが、実は、畠山家のお家騒動自体はまだ解決していなかった。