主君政弘から、「縁組み」の話を切り出された内藤弘矩は、嫁ぎ先を選り好みしすぎて行き遅れとなった愛娘が、政弘に側室として所望されたと思い、どうやって断るべきか思い悩んでいた。
 断れば主は当然立腹することであろう。かと言って、父親のような男に弄ばれる娘の姿を想像するのは辛い。一体どうすれば? 「新介に嫁がせる気はないか?」
 主の言葉が、弘矩の物思いを破る。
「何ですと? しかし、新介様の御正室は京から迎えると決まっておられるはず。それに、我が娘はその……新介様よりだいぶ歳も上で……」
「すべてはそなたの申すとおりよ。いずれ京より正室を迎える。だが、それより先に身を固めさせてもかまわぬではないか? 娘御は十八、初婚にしてはやや歳を取り過ぎているが」
「……」
 そこを突かれると、弘矩には返す言葉がない。何もかもが己が娘を溺愛し、分不相応な高望みをしてしまったせいなのだ。あれこれ条件をつけなければ、幸せになれる相手はいくらでもいたはずである。だが、いずれ京から正室を、ということは、娘は若君の側室ということになる。そもそも、主の家と姻戚になろうとまでは思っていない。せいぜい同族でかまわないのだ。だが、やはり、正妻として正々堂々と嫁がせてやりたいではないか。
「ならば、弘護の息子に嫁がせるか? わしが取り持ってやってもよいぞ」
 政弘のその言葉に、弘矩はまたも頭がくらくらとした。
「それだけは、ご勘弁下さい」
「そうよの。我らは『一蓮托生』。なかなかの主従関係ではないか。それぞれの息子と娘とが縁組みすれば、もはや恐れるものは何もないのでは?」
 聞けば聞くほどその通りなのだが。しかし、やがて年若く身分の高い正妻が来ると分っている家に娘を妾として差し出すのは、と思うと不憫であった。
 一方の政弘は、「一蓮托生」と言いつつも、外様である内藤家に全幅の信頼を置いているわけではなかった。そもそも、伯父道頓の謀叛に味方した一族ではないか。弘矩はたまたま己が元で従軍していたから呼応できなかったが、国許にいたらどういう行動を取ったかなどまるで想像できない。当然、血を分けた実の兄に従ったであろう。京ではそれなりの戦功をあげていたし、決して御館様を裏切ることはない、大罪を犯した不忠な兄は自ら処断すると誓詞を書いた。だが、そんなものは平気でなかったことにしてしまうのが、今の世の流行りである。それゆえに、なおさらのこと、この縁組みは重要になる。
「何、すぐにでも子をなせば、娘御の身分は万全なものとなろう。お飾りの公家の娘など恐るるにたらぬではないか。それに、最初の妻は歳上くらいが丁度よいのではないかと思うのだ。新介は生真面目で、身の回りの女人にも何の関心も抱かん。わしなど、もうあの年頃には……」
 弘矩は咳払いを一つ。主の話をやんわりと遮った。
 確かに、新介には未だそういう噂の一つもない。ただ、近臣の陶武護と連れだって遊び歩いているだけのようだ。政弘の言うように、好色な男なら、浮いた話の一つ二つ既にあってもおかしくはない年頃だ。あるいは、娘は大切に扱われ、幸福な人生を送ることができるのでは?
 それに、将来新介との間に若子が出来れば、もうお家は安泰。そもそも自分とて主の「舅殿」として、ますますもって家門は栄えるに違いない。
 だんだんと、笑顔が広がって行く弘矩をみて、政弘は満足した。どうやら、この話はうまくまとまりそうである。
「吉日を選び、話を進めるとするか。遠慮するな。我らは『身内』となるのだからな」
 そう言って、政弘は盃を傾けた。

「え? なんですって? 篠を新介様の奥方に?」
 屋敷に戻る頃には弘矩にはすでに何の憂慮するところもなくなっていた。将来主君の姻戚となり、家中を仕切っていく己の姿が見えるようである。そして、娘の生んだ若子が例の二月会で「おこもり」する姿までもが目に浮かぶ。
 だが、詳細を知った細君は激怒した。
「これまでいったい、どれほどの良縁を断ってきたのですか? 挙げ句、四つも年下の子供の側室になれと? 娘は確かにやや行き後れてはおりますが、まだそこまでではないでしょう。我が家から嫁を取れるとなれば、喜ぶ者は数知れません。なぜ、こんな仕打ちを受けねばならぬのですか」
「これ、何を申すか。『年下の子供』などと。無礼であるぞ」
「たとえ『若子』様であろうとも、『年下の子供』は『年下の子供』です。こんな縁談でしたら、篠も子供のうちに、すませてしまえば良かったのですよ。それを、あなたが、あれこれと難題を付けるから。とうとう、最近では声をかけてくる者すらなくなって」
「歳の差などどうということもないわ。相手はまだ女子も知らぬ子供。何もかも篠が仕切ってしまえばよいではないか」
「あなたもよくご存じでしょう? 篠は気が弱く、家を仕切る力などありませぬよ。年頃になれば、男はいくらでも若い女子に目がいくものです。しかも、そんなところに京から家柄も良く、器量も申し分ない公家の姫君などが入られて『正妻』の座に居座ったらどうしろと?」

 部屋の外まで漏れ聞こえる両親の口論する声を聞き、父に呼ばれて書斎に向かうところであった弘矩の娘は、そのまま黙って踵を返した。