文明十七年(1486年)。
 今年も二月会の準備が進められていた。その日が近付くにつれ、亀童丸は落ち着きがなくなった。「やりたくない」と思い続けていた「おこもり」がついに現実のものとなったのだ。この年数えで十歳。父の時よりずっと早い。まだほんの子供である。
「これが、此度の祭事にあたって、お役を頂戴した者の名簿でございます」
「御供役」に抜擢された右田弘量が挨拶に訪れ、そう言って仰々しく巻紙を手渡した。二月会は大切な行事であるから、毎年結願の後、神前にて籤引をし、大頭以下翌年のお役に就く者を選ぶ。選ばれた頭役は決してこれを拒むことは許されず、畏まって大役を果たさねばならない。そして、それらの家臣らの差配によってその年の祭事が準備万端整えられるのである。だが、どうやら若子のおこもりに際しては、更にそれとは別の担当者が決められたものとみえる。
 そこには右田を筆頭に「御供衆」の家臣十名、興隆寺の僧侶四名、更に、「子供」三名の名前が記されていた。
 祭事に当たって、若子は先ずは精進を行い、身を清めてから上宮に向かう。それと同時に当主もお籠もり所に参籠して祈祷を行うが、父子ともに場所は異なる。何故ならば、上宮には僧侶を除けば子供のみしか近付くことができぬからだ。そして、最高の禁忌である上宮に入ることができる子供は、唯一当主の後継者たる元服前の嫡子、と決まっていた。
 よって、近侍の家臣達も中途で隊列を離れて待機することとなり、最後まで付き添うことができるのは「御剣役」「御香箱役」などのお役を頂戴したそれらの「子供」に限られる。
 亀童丸は真っ先に子供らの名前に目を通したが、鶴寿丸の名前はそこにはなかった。役を命じられた子供らの父親は皆父・政弘の近臣であるから、名前くらいは知っている。しかし、子供らは別だった。聞いたこともない。しかし、つまらないから武護も中に入れるように、との要求はその場で却下された。
「上宮のお傍には『子供』しかお供できませぬ」
 武護とて紛れもなく子供なのであるが、父親の死に伴い、既に形式上は元服して家を継いでいる。
 ならばお供役の家臣のほうに加えては? と思ったが、言いかけてやめた。父が決めた人選に口をはさむことは所詮無理なのだ。

「共には行けぬと……あれらの口うるさい連中にどうしてもだめだと言われた」
 亀童丸は、武護の手前、うやむやにしたが、実際には必死に抗議したわけでもない。
 武護はただ笑っただけで、気にも留めていないようだった。どうせ最初から面倒なおこもりになどつきあいたくはないだろう。そう思って不機嫌になった亀童丸に、武護が何やら手渡した。
 それは、掌ほどに折り畳まれた紙切れである。開いてみると、何かが描かれている。
「これは……?」
 亀童丸は最初顔をしかめて、しげしげと眺めていたが、やがて思わず吹き出した。
「もしかして、この鳥(?)は『鶴』なのか?」
 松と思しき木の上に何やら鳥がとまっているのであるが、辛うじてそうと分かるレベル。お世辞にも上手いとは言えない。ここまで絵が下手であったとは。まるでカラスか何かに見える。そもそも、鶴のような大きな鳥が木の枝などに止まれるのか?
「おこもりのお供に、と思いましたが。どうせ絵心はございませんので。お気に召さねばお返し下さい」
 腹を抱える亀童丸を見て、武護はむくれてその紙を取り返そうとした。亀童丸はそうはさせまいと慌てて懐に押し込んだ。
「なるほど。これを鶴だと思って持って行く。そうすれば、一緒だ」
 二人は顔を見合わせて笑った。