大内政弘イメージ画像
 周防国仁保・安養寺。
 文明三年(1471年)、鶴寿丸の祖父・弘房が相国寺で戦死した後、祖母は実家である仁保の地に夫の位牌を祀った。父・弘護は祖父を偲んでよくこの寺を訪れており、幼い鶴寿丸はいつもそれについて行っていた。父を亡くした後、なぜか父の菩提寺ではなく、こちらのほうへ足が向いた。
 父親の死の真相がうやむやなうえ、仇の一味が健在のままでは、本気でその死を認めるわけにはいかない。彼には子供なりにそんな意地があったのだ。
 主の政弘が中途で帰国した後も、益田家の祖父と伯父とはなおも吉見家との戦を継続していた。吉見家が幕府に「窮状」を訴え、幕府もそれを受け入れることとなったため、益田家は不本意ながら兵を引かざるを得なくなった。主家筋の大内家が本気を出していれば、吉見家など一捻りであったはずだ。それなのに、「義兄」としてこの仇討を果たしてくれなかったことは、鶴寿丸の心中に主君への「不信感」を巣くわせる元となった。
「健康上のこと」との理由をかこつけて、亀童丸の遊び相手の役を下りて富田に戻ったのだが、何の罪もない幼い友をあれらの下らぬ追従者たちの群れに孤立させてしまったことを思うと、鶴寿丸は微かに胸が痛むのを覚えた。

 その頃、山口の館では、亀童丸が母の今小路殿を訪れ、師匠からお褒めの言葉を頂戴したという自らの「絵画」と「書道」の作品とをあれもこれもと得意げに披露していた。
 母は、幼いながらも力のこもったそれらの作品群を見て、頬を緩ませた。
 こうして訪ねて来てくれるだけでも嬉しいのに、その上師匠に褒められたと聞けば、ますますもって気分が良い。我が子・亀童丸はその容姿が愛らしいだけでなく、賢く、そして何より優しい御子であった。母にはそれが自慢でならない。
 しかし、一通りの自慢話が済んだ後、亀童丸の笑顔はふいにしゅんとしぼんでしまった。
「母上、鶴が館を去ってしまったのです。寂しい……」
 いつもは明るくにこやかな亀童丸が寂しそうにする様は母にも気がかりである。
「あの齢でお父上を亡くされては、お辛いこともおありでしょう。病に臥せっておられるとか」
「違います。鶴は元気です。嘘をついているのじゃ。亀童丸が嫌いになったのに違いありません」
「何か思い当たることでもあるのですか」
 亀童丸は首を振る。本当は、何となく叔父の死に関わっている気がしていたが、そのことは黙っておいた。
「母上から父上に話してください。鶴がいないと面白くない。あれらの新しい『遊び相手』、嫌いです」
「困りましたね……だれとでも仲良くしなくては。この『手習い』の結果を見せて父上を喜ばせてご覧なさい。あなたのいいように考えて下さるかもしれませんよ」
 亀童丸は母の意見ももっともだと思い、大切な「作品」を手に、父の元に走って行った。
 奥方様の脇に控えていた侍女が、若子様の姿を見送りながら、やや言い難そうに耳打ちをする。
「お方様、御館様の元には確か……」
 それを聞いた今小路殿は柳眉を顰めた。
「子らには何の関わりもなきこと。不憫ではあるけれど、亀童を止めることはできません。そのうち分かる日も来ることでしょう」
 奥方と侍女とは互いに深く溜息をつき、一瞬だが何とも言えない凄惨な表情になった。

 そんなことどもを露ほどにも感じない亀童丸。喜び勇んで父の居所へと向かったのだが、思いがけず入り口で制止された。
「御館様はお客人と会談中でして。お時間をあらためてまたおいで下さいませ」
「客?」
「石見の吉見様です」
 吉見家の者がなぜ父と面会しているのか、亀童丸には理解できなかった。戦が終わったことは知っていたが、少なくとも、身内である吉見信頼を殺されたことでは、吉見家とて我らを恨んでいるはず。のこのこと会いに来るなど、俄かには信じがたい。
 だが、どうも今父に会うことはやめるべきである、と幼心の本能が告げていた。
 何やら無性に腹が立ち、手にしていた「傑作」の数々をそこらに投げ捨てると、亀童丸は衛士が止めるのもきかず、そのまま駆け去った。
 父上が許さずとも、勝手に鶴に会えば良い、そう思った。
 馬廻り役の飯田を呼びつけると、富田まで連れて行って欲しい、と頼んだ。

 大内家では、家臣について守るべき決まり事の類を厳格に法律化していた。
 所謂「分国法」と言われるのものの一種で、「大内家掟書」と呼ばれる。これは祖父の教弘の頃から、かなり事細かに整理され始めたが、政弘は京から帰国後更に手を加え、完璧なものを目指した。
 そこには、家臣の在り方から、民百姓のことまであらゆる決め事が記されていたが、飯田は若君の馬廻り役として、亀童丸が出かける時には必ずそれに従い、常に傍近く仕えること、と記されている。だから普段は影のようにいるかいないか分からない男だったが、実は亀童丸が鶴寿丸と遊び戯れている際にも、二人の邪魔にはならぬよう、しかし常に声が届く範囲に控えていた。無論、若君の願いに背くという事も一切ない。
 二人して、陶家の領国へと向かったが、鶴寿丸に会えたのは、富田ではなく仁保だった。