陶弘護イメージ画像
 二月会が無事に済んだ後、亀童丸は弟の三郎、遊び仲間の鶴寿丸とともに北辰降臨の地を訪れた。子供ながらに好奇の念にかられたのである。勿論、大勢の供回りの家来を伴ってのこと。
 北辰降臨というのは、国土の守り神である妙見菩薩が北極星の姿を借りてこの世に現れたことを指す。古代中国において北辰は北極星を指しており、日本に渡るとその北極星が妙見を意味するところから、国土の守り神である妙見菩薩と結びつけられたのであった。例の託宣に言うところの異国の貴人が大内家の祖である以上、それを守護せんがため北辰、すなわち妙見が舞い降りたということになるのであった。
 妙見を守護神として祀っているのは実は大内家だけではなく、そのお姿についても様々あるのであるが、大内家のそれは玄武の上に座しておられる。玄武は亀と蛇が合わさった姿として描かれることが多いが、亀は「長寿と不死」蛇は「生殖と繁殖」の象徴とされる。ゆえに、大内家の嫡子は幼名を亀童丸と称する。亀は元々「長寿」の象徴であるから、嫡子が平穏無事に成長するようにとの願いも込められているのだが、幼い時から跡継ぎを決めておくことで後々家督争いが起こらないようにするため、ということもあるのだ。

 なんということもない松の木三本。ここに本当に北辰が降臨し、貴人来訪のご神託が得られたのであろうか。
「どこにでもある松の木ですよね」
 鶴寿丸が大樹を見上げて呟いた。亀童丸も同じ思いである。三郎もぽかんと口を開けて見ている。
 そもそも伝承が本当であれば、彼らは渡来人の子孫ということになる。あり得ぬ話ではないのであるが。しかし、ただの渡来人ではない。百済の「王族」の子孫。つまり、国は違えど高貴な血筋ということになる。

 大内家はまごうかたなき大国であったし、実際侮れぬ勢力としてその実力は認められ恐れられてもいた。にも拘わらず、その扱いはいつまでたっても「外様」であり、将軍家の一門衆や譜代のご家来衆と同列には見なされない。
 京の人々にも「何やら任那だか新羅だかの異国の出身らしい。訳の分からぬ田舎者である」と噂されていたくらいなのだ。
 いつまでも、あれらの有名無実な連中に馬鹿にされるわけにはいかないとでも思ったか、分国では朝鮮王朝に働きかけ、百済の王族の一門である、というお墨付きをもらい、さらに、心のよりどころとしての妙見信仰を徹底させてきた。妙見は琳聖太子を守護するために現れた神ということになっているから、当然その子孫である大内家をも守護してくれる存在なのである。
 だから百済の王子も妙見信仰も、実は推古天皇の時代から延々と数百年もの歴史を持つものではなかった。せいぜいここ何代かで慌てふためいてまとめられ、広められたというところか。

 勢力、それもかなり大きな力を持った勢力ともなれば、その出自を明らかにしなくてはならない。ついでに先祖にまつわる伝説でも流布させて、それを領国支配や他家との交流のなかである種の拠り所とする必要が出てくる。いつまでも「何やら分らぬ異国から来たらしい田舎者の一族」のままでは困るのだ。
 そのために、遠路遙々朝鮮に渡ってお墨付きをもらい、更にそれらを用いて系図を編纂し、また宗教色を強めて民心を掌握しなくてはならないのである。こうしてみると、例の二月会も意味のないものではない。恐らくは、当主としての威厳を領国の民に見せつけるため、必要不可欠なものなのだ。
 幸いにも、明や朝鮮との貿易で多大な利益を得ていた大内家は大いに潤い、その軍事力の高さもあいまって、朝鮮国王から強い信頼を寄せられていた。彼らを悩ます倭寇の討伐にも力を貸したし、「友好的」で力のある一族であると認められていたのである。だから、実は元々百済の王族の一門なのである、という話も好意的に受け取られた。なるほど、それゆえにこれほど親近感が湧くのだと思えば、お墨付きなど幾らでも書いてもらえる。

 勿論、幼い亀童丸には父祖の涙ぐましい努力も、そして、当然のことながら、後世の研究者たちの斯く斯く然々の論説なども分かるはずはなかった。だが、考えてみれば悪い気分はしない。彼らは尊くも「王族」の末裔であって、しかも、特に彼らを守護するために妙見菩薩様が降臨したのだ。たとえ、それが何の変哲もない、ただの木であってもこれはもう聖なる木なのであって、誰が作りだしたか分からぬ北辰降臨の伝承も実は非常に重要なものなのである。

(この三本の松は我ら三人なのだ)

 亀童丸は何となく、そんなことを考えた。
 三人は暫し沈黙し、その何の変哲もない木の下で時を過ごした後、共に館に戻っていった。

 現在、この北辰降臨の松は「鼎の松」と呼ばれ、山口県下松市の観光スポットとなっており、「下松発祥の地、七星降臨 鼎の松」と彫られた石碑がある。降臨樹、連理樹、相生樹と呼ばれる三本の松が鼎のように並び立っているので、この名前がついたという。
 降臨は言うまでもなく、星が降りた松、なのであろう。そして、連理と相生は、ともに一つ根から出る複数の木を指す。むしろ、そこから派生した、夫婦、もしくは男女間が仲睦まじいという意味のほうがよく知られている気がするが。
 亀童丸の時代に、既にこの名前が付いていたのかどうかはわからない。しかし、三人の童子と三本の松。同じ根から出ている三本の松のように、兄弟仲睦まじく、そんなことを考える心優しい亀童丸の姿が見えた気がした。
 そのいっぽうで、鼎には権力の象徴としての意味もあることは言うまでもない。


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アイキャッチ:陶弘護
製作・ロン様
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