陶弘護イメージ画像
 推古天皇の十七年(609年)、周防国都濃郡鷲頭庄青柳浦にある松の木に星が降り、七日七晩に渡り煌煌と光を放った。神託によれば、近く彼の地に異国の貴人が現れるゆえ、それを守護せんがため北辰が舞い降りたのだという。
 それから三年の後、周防国多々良浜に百済国聖明王の第三王子・琳聖太子が流れ着き、周防国大内の地を領地とし多々良姓を名乗った。
 やがてその一族が大きくなって、周防国一国をその傘下に収めた。
 これが周防国大内氏に関わる「北辰降臨」の伝説である。

 大内の地には大内家の氏寺・興隆寺がある。興隆寺は琳聖太子が創建したと伝えられる由緒ある寺。境内には後にここに勧請された妙見社があり、歴代の当主はこの寺を厚く信仰し、敬って来た。
 元々、多々良氏発祥の地「大内」は長きに渡って領国経営の中心であったが、義弘の代に山口への進出が始まり、現当主・政弘の代までに、京の都を模した国造りがほぼ完成を見た。村落的な雰囲気が強かった大内の地から、一族の隆盛に伴って正式な政治の中心地としての整備が始められ、山口への本拠地移転が進んだのであった。

 しかし、興隆寺と発祥の地を敬う思いは強く、歴代の当主は毎年欠かさず、興隆寺において国を挙げて二月会の祭事を執り行った。
 当主は七日七晩に渡り、興隆寺に籠って領国の安寧と発展を祈願する。重臣はじめ家臣一同は皆、この祭事への出席を義務付けられ、主への忠誠と家臣団としての団結を確認し合う大切な行事であった。
 そして、当主の祈願が無事に終わった後は、舞楽や武芸のお披露目などもある。この日に限っては、普段境内に入ることができぬ下々の町人風情も見物することが許されたので、まさに上を下への大騒ぎ。後には庶民の参加を制限するお触書が出されたほどだった。

 政弘の嫡子・亀童丸はこの年五歳。遊び仲間である陶家の鶴寿丸、それに彼らの兄弟たちと共に、桟敷席から祭事を見物していた。舞台の上では、衆徒らが奏でる管弦の音に合わせて、美しく着飾った稚児たちが舞楽を奉納している。いったいどれだけ練習させられたのか、幼い稚児たちは皆一糸乱れぬ様で舞い踊っている。
「ふむ。なんとも艶やかで美しい」
 桟敷に控える重臣たちの中には、何やら意味深な言葉を漏らす者もいたが、幼い子供らにはそんなニュアンスは通じない。むしろ、彼らが楽しみにしているのは、舞楽などではなく、その後の歩射の儀礼であった。
 ここでは、腕に覚えのある家臣らが、弓術の腕を競い合う。あらかじめ設えられた的に向かって矢を射かけるという至ってシンプルなものであるが、この日のために日々精進し、技を磨いてきた御家人たちには、主君の前でその腕を披露するまたとない機会である。
 見物人はその正確さと勇壮さに息を飲み、観覧席の亀童丸も幼い目を輝かせた。武門の家に生まれた以上、武芸を極めるのは当然の勤めであるからだ。

 この頃になると、境内に集まった民衆の喧噪もクライマックスに達していた。何しろ、ここは、由緒ある当主様の氏寺。こんな機会でもなければ民百姓は足を踏み入れることも許されないのである。普段は目にすることも憚られるお殿様や、若様方、それにご家来衆のお姿を拝めることは勿論、これほどの規模の見世物をただで楽しめるとあっては、やじ馬が群がり右往左往としながら、やんやの喝さいである。少しでもよく見たいと思う者は木に登って見下ろしたり、にわか作りの桟敷をこしらえて席を確保するなど、まあ、こちらもあれこれ工夫をこらしていた。
 あろうことか、そんなやじ馬の一人が、罰当たりにも寺内の石塔に腰かけていたのであるが、興奮しすぎたのか、重臣方が御座しておられる桟敷の上に転がり落ちてしまった。

「何奴だ!?」
 護衛の者たちが駆けつける間もなく、その男は恐怖のあまりその場で気を失ってしまった。
 鶴寿丸の父・陶弘護が我が子と亀童丸をそれぞれ左右の腕でしっかり抱え込むと、他の重臣たちもわらわらと盾のようになって弘護の前に集まった。何しろここには畏れ多くも、幼い嫡子様がおられるのだ。このような下々の男が紛れ込むなどあってはならぬことである。桟敷席の上は一時騒然となった。そこへ、幼い童子のわーーという泣き声が起こった。
 声の主は亀童丸の同い年の弟、三郎であった。兄と同じ場所で見物していた彼は、兄たちのように弘護の腕に抱きとめてはもらえなかった。しかも、その後あたふたと一群れに集まって来た家臣らにもみくちゃにされた挙げ句、一人だけ離れた場所に取り残されてしまったのである。己の職務をわきまえ、ただ一人横に貼り付いていた傅役の杉武明が、慌てて三郎を抱きおこす。

 その場にのびていたくだんのお騒がせ男は、何という事もない、血気にはやる見物人に過ぎなかったのであるが、そのまま詮議のために連れ去られて行った。
「だからこのような連中を境内に入れるのは問題なのですよ。若子様や御館様の身に、もしものことがあればどうなさるのですか」  楽しい見物の席に水を差された老臣がぶつぶつと苦情を述べたが、弘護に一喝された。
「民百姓にも我らの威容を見せるため、御館様がわざわざ設けた場である。あれらの者どもを入れることにも当然意味があるのだ」
「ですが、これでは秩序も何もないではありませぬか。もっと取り締まりを厳しくすべきでは?」
「うむ。それについては、ご意見申し上げるとしよう」

 亀童丸は文武に優れた弘護の頼もしい腕の中に守られながら、鶴寿丸と顔を見合わせて笑った。とんでもない出来事も、子供にとってはちょっとしたハプニングで終わってしまう。
 年の近い二人は常に一緒。兄弟同然の仲なのであった。


アイキャッチ:陶弘護
製作・ロン様
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