宮島幻想:第二話

その小僧が吉川元春の配下に発見されたのは、千寿が山を下りて間もなくのことだった。彼らは一足違いで、「探し物」を見失った、ということになる。

小僧が言うには、晴賢の首は確かにそこにあり、己はそれを毛利軍に教えようと考えていた。それなのに、少し前まで同じ家に仕えていた下働きの子どもが、彼を脅し、隠し場所を聞き出した上で、木に縛り付けたのだと言う。

元春自ら検分したが、その小僧の言うとおり、晴賢が命を絶ったと思われる辺りで、配下の家臣二名が差し違えて死んでいた。そして、首級が隠されていたはずの場所には、掘り返された形跡があった。

(しかし、いったい、何のためだ?)

下働きをしていた子どもとやら、それも屋敷を出て行方をくらませていたという子どもが、何のためにそれを持ち出したのかが、わからない。第一、その子どもはどうやって山に入ったのか?

現状、島には誰も近付けない。その子どもが山にいたとしたら、戦が始まる前から隠れ潜んでいたことになる。元々、陶の軍にいて、下働きをしていたのであればわかるのだが。草履取りの話では、すでに、家中の者ではなかったと。

まあ、そんな子どもの由来はどうでも良い。だが、今まさに「それ」がその子どもの手の中にあるのだとしたら、捜すべきはその子どもであった。

物言わぬ首を探すより、「生きている」子どもを捜すほうがはるかに楽である。

「良いか、捜すのは十二、三の……ええ、色白で目が大きく……着ている物は……」

諸将は配下に詳細を伝え、一同、再び仕切り直して山へと分け入って行った。

「それは千寿ではないでしょうか」

次兄から説明を聞いていた隆景は言うのである。

「千寿? それは何者だ? 陶の配下か」

そう言って、元春は思わず苦笑した。そんな子どもが何の役に立つというのか。せいぜい、先刻捕らえた草履取り同様、下働きの小僧として陣中にあったのだろう。いや、しかし、先の小僧によれば、既に「配下」ではなくなっていたと……。

「そう難しい顔をするな。お前には似合わん」

珍しく真剣に思案している弟を見て、隆元はにこやかに言った。

隆景は長兄の出現で、途端に和やかな雰囲気に変わったその場に居辛いものを感じ、冷ややかに一瞥した後、立ち去ろうとした。だが。隆元がそれを遮った。

「あれが見付かるまで、父上から雑兵まで皆、表情が険しくていかん。それに、お前は、どうして千寿なんぞを引き合いに出すのだ? いくらなんでも、死人が首を拾いには来ないだろうが」

「死人が首を拾いに来る」という異様な言葉すら、隆元の口から発せられると、どうということもない話に変わってしまう。元春は危うく聞き逃すところであった。

「どういうことです? 千寿というのはいったい、何者なのですか? まさか、『死人』だと?」

いつもはあまりかかわりたくないと思っている兄に、弟は真剣に詰め寄っていた。せっかく手にした勝ち戦。一刻も早く「証拠の品」を届け、父を安心させたかった。そもそも、その「千寿」とやらがいなかったら、今頃、草履取りの小僧のお陰で、望みの物は手に入っていたはずなのだ。

ふいに、隆元の顔色が変わった。驚愕の表情が浮かんでいる。それこそ、珍しいことであった。

「おい、まさか、本当に死人が現れた、などと言うのではなかろうな?」

「は? 私は知りませんよ。陶の首を掘り出して持ち去った者がいるという話をしていたら……」

元春は、隆景を見遣った。隆元も彼を見る。

「私はただ、兄上から聞いたその者の人相が、千寿に似ている、と思っただけです」

隆景は淡々と言った。

「人相? どのような?」

「その……十二、三の童だそうでして。色が白くて、目が大きく……」

つまらない説明をまた最初からやらされた元春は、不機嫌になった。それと入れ違いに、隆元の顔にはまた笑顔が戻っていた。

「馬鹿らしい。そのような子ども、いくらでもいるではないか。どこが千寿なのだ?」

隆元のこの問いは、隆景に向けられたものである。どうやら、兄と弟とは、二人とも、その「千寿」なる子どもを知っているようだ。元春一人がわからない。

元春が、その千寿とやらについて問い質そうとしたそのとき、弟が先に口を開いた。先の、兄・隆元の問いへの答えであったらしい。

「私も千寿を見かけたからですよ

隆景の言葉に、隆元はぎょっとした。

「冗談にもほどがある……」

どうやら兄にも怖いものはあると見える。「死人」だ。元春は密かにほくそ笑んだ。しかし、それに対する弟の答えがまた変わっていた。

「兄上、まさか、この私が、『死人』が首を取りに来た、などと思っているとでも? ふざけないでください。そこまで愚かではありませぬ。この私が、こんな時に、そのような冗談を言うとでも?」

隆元はこの一言で完全にやり込められた。だが、

「ほかならぬそなたが、千寿を見た、と言ったのではないか」

「私が言いたいのは、千寿に似た者を見た、ということですよ」

「似た者?」

「この世の中に、かように顔姿が似た者がおるものだろうか、というほど、まるで生き写しのようでした。晴賢があの者を目にしたとしたら、必ずや、館内に招いて傍に置いていたでしょう。それで、ちょっと気にかけていました」

元春にはなおも話が見えなかったが、ここで聡明な弟が、のろまな兄をやり込める一部始終を見届ける「暇」はなかった。だが、隆景の口から「晴賢」の二文字が出たから、思わず足を止めていた。

「そこまで似ておったのか?」

隆元は訝しげであった。

「さもなくば、私がそこらの小僧風情に目を留めたりはいたしませぬ」

「そうだな。だが、そなたはどこで、その……千寿に似ているが千寿ではない者を見たのだ?」

「それが……思い出せぬのです」

隆景は不満そうに言った。父の知略を受け継ぐ弟は、「わからない」とか「忘れた」などという言葉を嫌う。恐らく、「思い出せぬ」つまりは、「忘れた」もそうなのであろう。

続く