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八坂神社の前身・祇園社と午頭天王

サイトキャラクターイラスト:ミル

16世紀の初め頃、ご当主・義興様のお住まいでは、鬼門の方角に神祠を建てて御館を守っていた。そこに勧請されていたのは11種類の神様たち。

天照大神、八幡大菩薩、春日大明神、妙見大菩薩、厳島大明神、祇園牛頭天王、神功皇后、天満天神、玉津島大明神、住吉大明神、御霊宮

これらぜーーんぶの神様、誰が何なのか分るようになる、そのためにこれを書いているよ。

今回は「祇園牛頭天王」だ!!

牛頭天王とは?

ミル

ミルが大好きなモーモーみるく。「牛」頭ってことは……まさかと思うけど、牛の神様なの?

ト・ホンホ

そんなわけなかろう。頭に『牛の頭』を載せている神なのだ。

妙見大菩薩様や摩利支天様もそうだけど、神様仏様は色々なお姿で像が造られたり、絵が描かれたりするので、こーーんなイメージ、としか言えないよ。バージョンは様々。
さらに……ウィキペディアなんかを見ても、牛頭天王と関連付けられている神様や名前の由来など、幾通りもの説があるけど、ミルのマニュアルはあくまでも、庭園の寺社巡りを補完するためだけのもの。神様大辞典みたいなことはしないからね。最低限であとはスルーだ!

まとめ

牛頭天王は元々、インド・祇園精舎の守護神。

五郎

祇園精舎の鐘の声~

読み方は、「ごずてんのう」だからね。

素戔嗚尊との習合神

この神様は「習合神」。
習合神というのは、神様が別の神様や仏様と融合してしまったもの。
午頭天王は海外由来の神様(インドから来た)で、出雲神話の神様・素戔嗚尊と習合した。

神仏習合というときは、神様と仏様とが融合している。
目茶苦茶簡単に言うと、神様仏様は引っ付いていて、神社と寺院も引っ付いていた。
というようなイメージでいいんじゃない?
それより深くは突っ込まない。

ところが、近代になって神仏分離令が出て、神様と仏様は引き剥がされた。
正確じゃないけど、感覚的に分ればよい。

もちっと詳しく言えば、インドの神様とはいえ午頭天王は仏様ではなくて、インドの神様。仏様もインドだから紛らわしいが。習合は何も神様と仏様だけではなくて、インド、中国と海外から来た神様、要するに元々日本にいた神様ではないものすべてみたい。ただ……神仏習合といった場合には必ず、日本固有の神様と仏教の仏様とが融合している。

なんでひっついてしまったんだろう、とか、どうして引きはがされたんだろう? という疑問は当然沸き起こるだろう。だけど、宗教の問題はデリケートなところもあるし、現在も続いている信仰に対してあれこれを書くことはできない。受験参考書に「神様と仏さまがいっしょくたになった」と書いてあるのだから、ふーん、そうなんだ、で終わり。

参考書レベルの話ならOKというのなら、もう少し先のことまで説明がある。

そもそも、仏教公伝以前、日本には仏様なんて概念はなかった。日本固有の神様だけだ。そこに仏教が入ってきて、広まっていくと神と仏の習合が始まった。当初はなんとなくだったけど、やがて具体的になっていき、どの神様とどの仏様が結びつくか、ということが決まっていった。加えて、何やら後から来た仏教のほうが優勢で、日本の神様は押され気味になったのか、神様は仏様が神様の姿を借りてこの世に現れた仮の姿、なんて考え方が広まった。本地垂迹とかわけのわからないワードが頻出で、例えば、○○神は△△仏が垂迹したもの、△△仏が本地である、なんて仏様メインで神様はそれに付随しているかのようなとらえ方が流行した。すると、のちにはその反動で、いやいや、神様のほうがメインなのだ、という反本地垂迹なんて考え方が生まれていったりしたよ。

正直、ふーーん、くらいでいいと思うよ。

祇園社は八坂神社、牛頭天王は素戔嗚尊に

神様と仏様、神様とほかの神様とが分かたれると、インド出身・牛頭天王と日本の神様・素戔嗚尊は仲良く一緒ではなくなった。
祇園社は八坂神社と名前を変え、祭神は素戔嗚尊だけになった。

つまり、16世紀に義興様が高嶺神明(髙嶺太神宮、現山口大神宮)を造営するにあたって、付近の神社を移築した時には「八坂神社」という神社はなかった。「祇園社」だった! さらに、そこにはフツーに牛頭天王が祀られていた。
だからこそ、御館の祠にも「祇園牛頭天王」が祀られていたのだ。

ミル

祇園社という名前が消えてしまったのは、祇園はつまり祇園精舎、いかにも仏教しているからだろうね。

京都の祇園社が八坂神社になったから、そこから勧請されたそこらじゅうの祇園社も皆、八坂神社になった。

八坂神社と津島神社

牛頭天王をお祀りしていた(今はいないので過去形)のが八坂神社と津島神社だ。

どっちも同じ神様をお祀りしているのに、二種類の神社があるとは。

八坂神社は、京都にあって、全国3000の祇園系神社総本社
津島神社は、津島(愛知県)にあり、全国3000の天王系神社の総本社

八坂神社は元々の名前を「祇園社」といい、その前身は観慶寺(祇園寺)境内にあった天神堂だった。神仏分離令で名前を変えた。

津島神社も元の名前は津島牛頭天王神社という長たらしいものだった。なお、津島神社は中部・東海地方を中心に展開している。

二つの神社はいずれも祭神が素戔嗚尊。
素戔嗚尊と牛頭天王とはかつて同一であるとされていたので、牛頭大王がいなくなった後、素戔嗚尊だけとなった。

まとめ

八坂神社 元・祇園社 関西中心
津島神社 中部~関東中心
どっちも素戔嗚尊=牛頭天王が祭神
※牛頭天王は今はいない。

疫病の神から防疫の神に

祇園社といえば、祇園祭り。きいたことあるけど、じっさいどんなことするの?

ト・ホンホ

疫病退散ーー!!

ミル

……。

牛頭天王は疫病神、疫病を防いでくれる神様として信仰された。
疫病神なんて言ったら、むしろ疫病を持ってくる神様のように聞こえるけど?
じつは、その通りで、疫病をもたらす恐ろしい神様だった。お祀りして信仰することで、かえって疫病を防ぐことになるんだよ。天神様がなんでお祀りされているか、思い出してみればわかるよね。

祇園祭の起源は疫病退散のために行われた「祇園御霊会」だと言われているよ。
その後全国に広まって色々なところで「御霊会」が開かれるようになったんだ。

津島神社でも津島天王祭が行われている。これも疫病退散のお祭りなのだ。

五郎

そういえば、天王社っていう名前の神社があったけど、それも元々は午頭天王を祀っていたんだね。

というようなことで、祇園社が八坂神社になっている理由と、元々祀られていた午頭天王についての説明を終わります。山口の八坂神社もかつては祇園社だったこと、祇園祭り今もやってるよね? みたいなことに思いを馳せました。

午頭天王だけについて書かれた本を二冊も買ってしまった経緯があり(長期にわたり積ん読中)、この記事はネット検索やらマニュアル本チラ見程度で書かれておりますが、気まぐれでもう少し書き直される可能性もあります(結局、わざわざ分厚い本など読まずとも、最低限のことはネット検索で見付かる、ということです……)。

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