於児丸庵

何者かわからない謎の男に連れ去られた於児丸は、雨漏りのするあばら家住まいとなってしまった。例の男は何者なのか、ここはどこなのかもさっぱりわからない。
ただし、住まいはみすぼらしかったものの、扱いは上等で居心地は悪くなかった。

翌日、「主の息子」という少年がやってきて、於児丸は彼の「ご学友」に任命される。
主は息子のために、聡明で共に学ぶにふさわしい子どもを探していた。大切な息子の友となるのだから、身分ある家柄の、育ちも良い子どもである必要がある。そして、温厚で、従順であることも大切な要素。当然、見てくれもそこそこでないと……。
そんな風に考えていくと、自らがその「お役目」に抜擢されたのも頷ける(見かけによらずこの於児丸、家柄と血筋の良さ、だけは誰にも譲らない頑固者である。ここは父親ゆずりであった)。とはいえ、人さらい同然で強引に連れて来るとは、何とも酷い話ではないか。どうやら、誘拐犯は目的を達成するためには手段を択ばぬようであった。

主の息子は尊大で傲慢な父親とは似ても似つかないお人好しで、性格も似通った二人はすぐに親しくなった。しかし、彼には於児丸のほかにも「ご学友」がおり、そっちの少年はかなりひねくれていた。どうやら、父親の願いは、息子の心を掴んで離さないこの友を追い出すことのようである。
ほどなく、於児丸は彼ら二人の結束は固く、第三者が割って入る余地はまったくない、と悟った。主の息子が於児丸をその「友」より重要視することは絶対にない、と知るや、主は於児丸の「ご学友」の身分を剥奪し、茶館の下働きにしてしまった。

こうなるともう、犯罪被害者以外なにものでもない。
於児丸は毎晩のように、京に帰りたいと一人めそめそしていたが、やがてそれすらも「うるさい」と主に罵られ、恐ろしくて泣くこともできなくなった。

人間というのはうまいこと出来ていて、どんな境遇に放り込まれても、やがては適応してしまう。「慣れる」とはこういうことだろう。
於児丸は朝から晩まで、主が雅な宴で用いた食器を洗い、わびさびの茶館とやらを掃除して清めるという仕事をこなした。そして、わずかに許されている寝る前のひととき、主の息子から借りた館の書物を読んで暮らした。
今も河内で畠山義就と戦い続けている父の端正な横顔を思い出すと涙が溢れたが、どの道、京屋敷にいたときもかまってもらえなかったのだ。大切な息子が姿を消して、父はどれほど嘆き悲しんでいるか? それとも、やはり戦のほうが大切で、いなくなったことすら気付いていないのだろうか?

そんなある日のこと。於児丸がいつものように庵の入り口を掃いていたとき、どこかで見たことがあるようなないような男が、近付いて来るのを見つけた。

Name
ううむ……。ここはいったい、どこなのだ? こんなあばら屋の住人に尋ねたところで助けになりそうにないが……。しかし、ほかには人っ子一人いないのだから、仕方あるまいな……。
Name
……。
Name
おや? そ、そなたは確か……おおお、地獄に仏とはこのことじゃ。よく、ここにいてくれたわ。
Name
……。

最初、それと分からなかったのは、この男が、於児丸が知っている人物よりかなり「年を取っていた」からだ。しかし、相手もこちらを知っているとなれば、やはり紛れもなく本人なのだ。
この時代、まだ烏帽子を被らぬ頭を人前にさらすことはタブー……かどうかは知ったことないが、身分のある者は「普通は」頭を隠していた。なのに、この男、平然と烏帽子をかなぐり捨てている。もうそれだけで、「あいつか」とわかるほどの有名人・細川政元であった。
しかし、この年齢の於児丸が知っているこの男は、未だその父親の代からの誼で、父・政長と「付き合い」があったはずである。それどころか、これより少し後、於児丸が元服した際、この男は将軍様にも無視された哀れな少年をかばってくれたくらいなのだ。
その後、この男が父の仇となることなど、現在の於児丸には想像もできなかった。

政元のほうでは……。とっくに明応の政変を決行後。むしろシンパは於児丸の又従兄・義豊のほうであった。だが、今は「緊急事態」ゆえ、それら諸々の人間関係はすっかり頭から抜けていたし、そもそ於児丸が幼児化しているという摩訶不思議な現象に気付いてすらいない。

そう、彼らは庭園に紛れ込んだ時の「次元」がそれぞれ違うので、年齢もこの時点での経験値も、それに基づく記憶も目茶苦茶で、互いにすれ違っていた。そして、それら諸々の「謎」を「謎として追及しない」のは、FICTION界隈での決まり事である。

Name
右京大夫様がどうしてここにいるの?
Name
どうして? そんなこと、こっちが聞きたいわ。それより、ここはどこなのじゃ? おぬしがいるということは、とりあえず、京のどこかなのであろうな? ん?
Name
分かんないよ。誰だか知らないけど、すごく怖い男の人に手を引かれてここに来たんだ。右京大夫様もあの人に連れて来られたのですか?
Name
怖い人だと? ふん、「半将軍」たるこのわしが誰を恐れると。
まあ、恐れるというよりは「面倒だ」と感じる相手なら多少はいるがな。
Name
よくわからないけど。ここは「大内庭園」というところだよ。
Name
な、何? 今、大内と言ったか? ううむ。それこそ面倒だが。
あやつら京には屋敷すらないはず。どこに庭園など? いずれにしても、ちと喉が渇いた。茶でも飲ませてくれぬか。
Name
僕は掃除をしているんです。お茶はたてられません。ここにはたまに主様のお身内が来るけど、基本は誰も使ってないよ。
Name
主様というのは……義興とかいう小僧だな。ん? そう言えば……おぬし、なぜこのような子どもの姿に?

ここで「やっと」二人の話はかみ合わなくなった……。

どうでもよいことだが、種明かしも兼ねてまとめておこう。
すべてのページに目を通した猛者なら、何となく分ることだが。
いるはずもないので。
庭園に来るためには、現状「二つのルート」がある。

一、庭園の主によって召喚された。
これについては説明は不要だろう。意味不明で直帰した人も含め、サイドバーにある通り。人選は主の「好み」なので、生前何らかの付き合いがあって、しかも「嫌われてはいない」者に限られる。
また年齢までも主の「好み」で調整される。
主の妻子は若くて美しい妻と、愛くるしい少年時代の息子として現われた。
「が」孫は、主の「雅」趣味の話し相手として釣り合うような青年の姿で現われた。
つまり、「息子が孫よりも幼い」という謎なことになっている。
また、稀に「例外」もある。愛する妻や息子の願いは叶えられる。
なので、主に「嫌われていても」息子に「おねだり」されて、連れて来られた者もいる。
ここらはそのうち明らかになるだろう。それまでは適当に想像すること。

一、タイムマシン技師によって飛ばされた。
こちらは、文字通りの「事故」の場合と、「自ら望んで」の場合がある。
タイムマシン技師本人は、商売のため、当然自ら望んで時空を超えている。
しかし、技師の技術が低いのか高いのか、時々、無関係な人々が彼のタイムトリップに巻き込まれて犠牲になる……。これが「事故」。この場合は、飛ばされる人物には、身に覚えがないので、「ここはどこ? 私は誰?」状態。
いっぽうで、技師に頼み込んで、自ら商売に乗り出した「変わり者」もいるとの噂である。
於児丸は、庭園の主に連れて来られたが、細川政元などが主の「好み」に合うはずがなく、恐らくは事故に巻き込まれたのだろう。そのせいで、ここがいつの時代のどこなのかも不明になっている。
また、ほかにも少なからぬ者たちの存在が既に確認されている。
例えば、政元の命令で「史書」を編纂していたはずの畠山尚順が山口宇部空港に現われたのも「事故」。
心配なのは、同じ時代に於児丸と尚順が同時に存在することだ……。
タイムマシンの禁忌は、このような矛盾が起こらないように配慮することであったはずだが……。

そして、恐らく、既に勘付いている人もいるように、ルートは二つとは限らない。
若山城跡のミルと宗景、ミルが引き寄せた五郎。
そして、あちこちに出没する謎の鶴寿丸……。
彼らは、明らかに主が招いた者ではないし、タイムマシン技師とも関係がなさそうだ。

取り敢えず、於児丸は疲れ果てて行き倒れ寸前の細川政元を助けてやり、あばら屋の一部屋に匿った。
むろん、「一息ついたら出て行って欲しい」という条件つきで。
さて、どうなることやら。