第十話・摩訶不思議な戦

その頃、摂津にて、上洛してきた政弘の軍勢に完膚なきまでにやり込められたあの守護代・秋葉元明が、またぞろ赤松家の軍勢、浦上宗則らとともに入京してきた。今度は、主の細川勝元を助けるためであったが、洛中は畠山義就や山名宗全の勢いが凄く、勝元らは上京に追い込まれていて、近付けない。秋葉・浦上は南禅寺裏手の岩倉山に陣を張って、勝元本隊との合流機会をうかがうことにした。

西軍が彼ら岩倉山を放置しておくはずもなく……宗全から誘われた政弘も、南禅寺まで兵を出した。

「またあいつらか……顔も見たくない」

 秋葉は大内の旗印を認めるや早くも鳥肌が立った、今度は、山名の本隊や斯波・畠山も一緒だから、さらなる大軍だ。

 いっぽう、浦上は眼下の敵軍を見下ろしながら、冷静に分析していた。敵は四手に分かれて、山頂を目指しているようである。

「あきらめるのはまだ早いですぞ。敵は大軍でも細い山道を上るので一度に数万は動かせない。船に揺られてやってきた大内などに山での戦いの方法などわからぬはず。地の利は我々にあります。なんとか食い止めて隙を見て逃げましょう」

秋葉も敵がそれぞれ東西南北の登り口から、縦列で上りくるのを見て、なるほどと思った。彼らは分かれている上に、互いの連携もまったくなっていない。一度に四手で迫り来ればまだしも、てんでバラバラに、第一陣は大内、第二陣は山名と一カ所ずつしか来ない。いったいどんな間抜けが采配をふるっているのか? はなから強敵来襲と投げていては話にならない。心静かに情勢を見極めるに、浦上の言う通りである。ここで大勝利をおさめようと思えば不可能に近いが、敵の目をごまかし、勝元と合流するだけならなんとか成し遂げられそうな気がした。

「石を落とせ。やつらを一人も上って来させるな」

気を取り直した秋葉・赤松被官軍とは、登り来る敵軍に容赦なく弓を射かけ、石をおとして、徹底抗戦のかまえであった。

細川方が雨あられと弓を浴びせ、石を投げおろしてきたので、兵士らはばらばらと転がり落ちた。

「ああ、あれではとても上まで辿り着きませんよ」

山下で一部始終を見ていた鶴寿丸は地団駄踏んだ。味方は、先方の大内軍が上り切れないと見て、第二陣の畠山の軍勢が山頂目がけて寄せたが、同じ轍を踏んだだけである。敵は物を投げおろすだけで、エコノミーに戦闘が完結している。

「下から上へと攻めるのはたいへんだと読んだことがあります。それにしても、これではあまりにも無策です」

偉そうに言っている鶴を御館様から遠い所に追い払おうとした弘房だが、間に合わなかった。

「うるさいから外へ出ておれ」

政弘は著しく機嫌が悪かった。このような場合、絶対に手に入れなければならない要害の地でもなければ放置する。秋葉と浦上の兵くらい、本隊と合流させたところでたいして敵を勢いづかせる要素にもなるまい。それよりも、無益な戦闘で味方の兵力を消耗することのほうが問題である。

分かっていてなぜ不毛な陣取りに参加しているか。総帥であり、祖父である宗全の意見は絶対だからである。そのほかの誰をとっても、皆、若輩で家格も低い己の意見に耳を傾けはしない。今回の作戦も誰の手になるものか分からないが、そのように決定して下達されたとあれば、従わぬわけにはいかないのだった。

指揮系統は完全に上から下への伝達形式でなくてはならない。それこそが完璧な軍隊だ。優れた軍隊には優れた指揮官が不可欠である。それは、決して何人もが徹夜で話し合った皆の意見の中間を取って……などというものであってはならない。戦術に関しては、優れた指揮官が一人存在すれば、それでよい。二人集まればより良い知恵が浮かぶ、と言うたぐいのものではないのである。

政弘は分をわきまえ、何事も総大将の宗全をたてていた。浦上が嘲笑していたように、山地での戦闘は彼には初めてのケースだった。しかし、どうも命令系統が目茶苦茶な気がしてきた。これ以上不毛な山攻めを続けたところで、何の意味もない。

つぎには、攻め手部隊が陶の兵となる。味方すべてにとって悲しい事だが、せめて身内の兵だけでも助けたい。こうして、鶴は御館様に一言申し上げようとして、御前に挨拶にむかったのである。しかし、評定の最中だった弘房に追い出され、政弘本人からも「うるさいから出て行け」と言われてしまった。

鶴が外へ追い出されてむくれていた時、大柄な男がやって来るのが見えた。

「ここは御館様の御座所だ。今は機嫌が悪く身内さえ中には入れないので、お騒がせしたら命はないからそう思え」

「む? なんだ坊主?」

大男は面白そうに、上から下までじろじろと鶴を見た。「坊主ではない」

「ははぁ、さっき身内と言っていたな? 道理で威勢がいいわけだ」

「誰なんだ?」

政弘の姿が現れると、畠山様、と言って中へ招き入れた。鶴ははっとなって慌てて逃げ出した。

(まずい。味方の親玉をそこらの隊長だと思ってしまった……しかし、今のはどう見てもガラの悪い悪党ではないか)

弘房の元へ戻った鶴は、うろちょろと陣営を彷徨い歩いては、皆から可愛がられていたが、時折御館様とニアミスを起こして問題になっていた。やはり、国へ帰すべきだ、と弘房は考えていた。普通の戦場ならば、総指揮官は政弘なので、目茶苦茶な命令が下りてくることはない。だが、味方軍の首脳が政弘と同等、いやそれ以上の扱いとなってしまうこの種の戦場では事情の分からない子どもの存在はやはり、大問題である。なんらかの軋轢を生んだ後ではもう遅い。

「父上、山登りの戦は無意味です。ここを捨てても他で勝てば良い。放っておきましょう」

鶴の言葉は至極もっともだし、この歳でそれらの道理をどこかで学び知っていることも立派である。何より、今日ここで「現物」を目にしたから、学ぶところも多かったことと思う。しかし、鶴ごときが思いつくことは当然、御館様にはとっくに気付いておられることばかりである。分っていながら、なぜ続けているか、そこが問題なのだ。しかし、それについて理解するのは、鶴にはまだ無理であろう。

「ここでいつまでもつまらぬ山にしがみついていても無意味なので、俺はまたそこらを草木も生えぬように燃やしてこようと思っている」

義就の話を聞きながら、政弘は溜息をついた。

「上の意見に従わぬのですか?」

「俺はどうせ他人の意見などきかない。上も下もない。そのかわり、それが、とてつもない目を見張る戦略であったなら、相手が子どもでも耳を傾けるぞ」

「……」

鶴のことに違いない、と政弘は思った。

「あれは、貴殿の子どもではないな? あんなデカい息子がいる歳ではない。では、弟か?」

「家臣の子です」

「家臣か。では、これが初陣だな?」

「初陣? 違います。あの者はその……『密航』を」

政弘が仕方なく、簡単に説明すると、義就は妙に面白がった。

「ふむ、なかなかな変わり者だな。しかし、あやつには見所がある。将来相当な大物になるかも知れん」

結局、西軍は岩倉山を半月近くも囲んでいたが、攻め落とすことはできなかった。宗全はやっと撤退を決めたが、この山攻めはただの道草となった。

とっくに隊列を離れていた畠山義就は南禅寺をはじめ、周辺の寺社を容赦なく焼き、一帯は廃墟と化した。

秋葉と浦上両名は、西軍が撤退した隙に、大慌てで山を下り、細川勝元の軍へ合流するために先を急いだ。辛くも逃げ延びた彼らだが、何とか岩倉山を「死守」したものの、戦に勝ったわけでもなく、なんと形容すべきか言葉がなかった。彼らが去れば、陣地は当然西軍のものとなるわけで、無意味な山攻めを続けたことを馬鹿にすることができたとしても、彼らとて、何かを得たわけでは決してなかった。

とまれ、おかげで、両名は激戦の地、相国寺へと駒を進めることができたのだった。