第百話:エピローグ

「着いたぜ」
村上武吉の高速艇が博多湾に着岸した。中から千寿と陶隆房が現れる。
国際貿易都市として栄えた博多。明や朝鮮、琉球から南蛮船まで。賑やかな様に、千寿は目を輝かせた。かつて、ここで大儲けしていたのが、隆房の元は一つ枝・大内家であった。
「本当に行っちまうのか?」
パイレーツ・オブ・セトウチはちょっぴり悲しそうだ。
「僕たちも自由を満喫すべきなんだよ。この国には居場所がない」
千寿は言った。
「別に国を出なくたって、俺の砦で……」
千寿の軽蔑しきった視線に、武吉は口を噤んだ。
「あのさ、自分で『海賊』じゃない、って言っているのに、どうして立派な城を城と思わず『砦』とか言っちゃうの?」
「いや、その……。俺、パイレーツ、つまり、『海賊』だったみたいで」
「『賊』は許さないよ。昌典兄上は腹黒いから、討伐されちゃうかも。そういうことどうでもいいのがこの千寿。こだわるのが兄上」
「やっぱ、お前が将軍続けてくれよ。でないと、ヤバくなるやつ多いじゃないの」
「仕方ないよ。千寿だって我慢してたんだもの。無理やりやらされるのがどんなに辛いか、自由人のお前なら分かるよね?」
「……そりゃまあ、でも……」
武吉は隆房を盗み見た。こんな男のためにすべてを捨てるというのは、彼ら海賊の算盤をはじいても、「絶対に割に合わない」。そのとき、何やら背後で仰々しい声がした。
「探題様のご命令で、怪しい者を取り締まる。もしも、密売などの悪行に手を染めるような者がいたら、この俺が承知しないぞ」
徳山直幸だった。
「嘘、あいつ、九州探題を検非違使or税関職員かなんかだと……? とにかく、見つかったらまずいよ、それじゃ、元気でね」
千寿は武吉に手を振ると、最も近場にいた船に乗り込んだ。
「おい、行先も分からないじゃないか」
強引に手を引かれた隆房はブツブツ言っていたが、千寿のパワーにタジタジだ。
武吉が、その船の責任者を呼んで大金を渡し、合計二名、頼む、とかなんとか言った後、風のように去って行った。
「あの山猿に見つかったら連れ戻されてしまうもの。考えている時間なんてなかったよ。隆房様、散々考えた挙句決定したのに、また優柔不断になってるの? まさかと思うけど、千寿を捨てて長門守護続けるのなら戻って良いよ。千寿は『絶対に』降りないからね」
「それは……その……お前を一人で行かせることなど……」
その時、一人の見慣れぬ装束の男が現れた。「見慣れぬ」と言っても鷲塚ほどではない。どことなく千寿たちに似ているような、でもやや違うような。
その男は二人を見て、手にしていた扇子をぱっと開き、口元にあてた。なんともサマになるイケメンぶり。千寿は思わず胸がときめくのを感じた。
「おおお、水も滴るような美男と、愛らしい少年。まさに一幅の絵画のよう」
男はその歯が浮くようなセリフをじつにスラスラと述べた。
「あんた、僕たちの言葉が話せるの!?」
千寿は感動した。
「私はソンド一の商団を束ねる男。ト・ホンホと申す。朝鮮広しと言えど、ト・テヘンスと聞けば知らぬ者はない」
「うわ、隆房様、朝鮮って、大内家の先祖が来たところじゃないの?」
隆房はそのド派手で、しかもどことなく自己陶酔している男に圧倒され、言葉もない。さらに、まずいことにはこの男がなかなかの美男だから、千寿が猛烈に惹かれてしまったことも気になる。
「うん? 大内家だと? それはペクチェの大王の子孫とかいう連中。つまり、お前たちは倭国の民であると、そういうことだな?」
トなんたらという男はべらべらと千寿の知らないことをまくしたてる。千寿の瞳はキラキラになっていた。
「うわわ、あ、あの、その、て、てへんす様、僕たちを朝鮮に連れて行ってください」
「これも縁だろう」
その男は偉そうに言った。
「お前たちの連れから支払われた代金はちと安すぎたが」
武吉の心付けのことだ……。
「だが、聡明な子どもに免じて許してやる。それに、我らは元々『一つ枝』ゆえ。な」
「ありがとうございます!!」
千寿とその男との間で勝手に話が進むのを見て、隆房は爆発寸前。
「ではな。快適な航海であることを祈る」
ト・ホンホが手にしていた扇子をぱっと裏返すと、そこにはドデカい大内菱と「陶」の文字が……。彼がウインクしたのは、千寿たちには見えなかった。二人は呆然自失状態となっていたからだ。
「い、今のは忘れよう。船はもう港を出てしまった。降りることはできないし。あの人と一緒なら、言葉には困らない。大丈夫、千寿があっという間に朝鮮の言葉をマスターするから」
隆房は遠くなる博多の港を見遣った……。
「お前はあの、山田とか申すものの言葉はよく知っていたが、今の、その、朝鮮の男の言葉はまるでダメであった。大丈夫なのか?」
「千寿が一度見たら絶対に忘れない『神童』であることを忘れないでよ」
「……あ、ああ」
隆房には港を出たら確認したいと思っていたことが山とあった。なぜ千寿が昌典に男児が生まれることを知っていたか、それに、生まれることを知っていたとして、無事に成長するかどうかなど分かるはずがないのに、こんなに早く「家出」してもよいのか等々。
千寿は隆房が尋ねる前からべらべらと答えを言ってしまった。
「あのさ、『鶴丸』が兄上の子どもとしてすでにゲーム機にいたんだよ。元服前だから、気付かなかったんだけどね。それに、千寿には時間がないもの」
そう言って千寿が懐中からゲーム機を取り出した。
「お、お前、やはりそれをまだ持っていたのだな」
隆房の目が妖しく輝く。ところが、千寿はそれをぽいっと海の中に投げ捨ててしまった。
「隆房様、これはもう使えないんだよ。山田にももう会えない。少なくとも行先が朝鮮ならば、そんなに倭国と変わらないよ。なんでもいいほうに考えてよ」
千寿が白い目で隆房を見る。
「しかし、お前はやることが常に急ぎ過ぎだ。何でもかんでも、そんなに急がずとも……ついていけないのだ」
「言ったよね、時間がない、って」
「だから、そこまで急がずとも……」
「それはねーー麗しい稚児姿の賞味期限は短いからだよ」
千寿の言葉に隆房ははっとなった。
(やれやれ、見ちゃおれん。しかし、『南蛮人用語辞典』では大儲けできたのだ。つぎは、『朝鮮語辞典』でも作るか)
ト・ホンホという男に一部始終を見られていたとは、千寿も隆房もまるで気付いていないのだった……。


数年後。
首都圏某所・公園噴水前。
鷲塚昭彦は何やら怪しげな「扉」型の物と簡易液晶パネルを使って商売をしていた。彼の周囲には数人の子どもたちがしゃがんでいる。
「いいかい、そこの君。そう、君だ」
鷲塚は十歳くらいの少年を指さした。
「ええ、今ここに、扉一号がある、それだ」
鷲塚はその扉らしきものを指さした。
「そして、公園の外れに、扉二号を置いてきた。見たまえ」
液晶パネルには確かに同じような「扉」がある。
「これが扉二号。では、君、そう君ね。一号の前で、『扉二号』と言って見たまえ」
少年はアホらしい、と思いながらも、扉一号の前まで行き、言われるままに「扉二号」と言った。すると、彼の姿は一瞬にして見えなくなった。子どもたちが一斉にざわめく。
「見てごらん」
鷲塚が子どもたちに液晶パネルを見せると、先ほどの少年はパネルの中、つまり、鷲塚いう所の「扉二号」の前に立っていた。
「うわ、面白い。おじさん、もう一回やって」
「イマドキ手品とか珍しいーー」
「てじな? マジックじゃね? おっさん、マジシャンての、だよね?」
子どもたちが目を輝かせている。
「いや、その、私はマジシャンではない。『発明家』だ。これは見世物ではなくてだね……」
子どもたちは鷲塚の話など聞いてはいない。皆、最初の少年をマネて次々に「扉二号」のほうに行ってしまった。
「……」
一人残された鷲塚は黙って扉一号(何とコンパクトに折り畳める!)と液晶パネルを片付け、二号の回収に向かう。ところが、二号の周辺は黒山の人だかりとなっていた。もしや、世紀の大発明「雲外門」がついに注目の品となったのだろうか?
いや、やはり違った……。鷲塚自身すら期待していなかった。人々が注目して見ているのは、交差点の高層ビルに映し出されているライブ映像だった。
――みなさん、なんと、あの、老舗のタイムマシン企業、暁工学が、海外のいわゆる投資ファンドからTOBを仕掛けられたというビッグニュースが飛び込んできました。それだけでも驚きですが、このニュースでもっと話題になっているのは、その投資ファンドの日本法人代表が、とんでもないイケメンであることです!!
(相変わらずくだらんな……)
鷲塚はそんなライブ映像など気にも留めなかったのだが、その時、急にスマートフォンが鳴った。画面を見ると……真っ赤な警告が出ていた。「未知の電話番号、海外からの通知です」鷲塚は無視しようとしたが、あまりにしつこくなり続けるので、ついタップしてしまった。
――hello♪
テレビ電話機能に映ったその男は、なんとジョニー・吉田であった。鷲塚は驚くと同時に、「多少」は懐かしく、吉田との通話を始めてしまった。
――おい、見たかーーライブ映像? 俺の最高傑作~
「何?」
――つーことは、見てないんだな? 話になんねぇよ。せっかく俺の子分どもが正式稼働し出したってのに。
「ちょっと待て。切らないでくれよ」
鷲塚は人込みをかきわけてライブ映像に近付く。
大画面に映し出されたその顔を見て、鷲塚は凍り付いてしまった。その、忘れるはずがない顔の下に、肩書が……。
――レインボー・ニッポン・ファンド 高祖帯刀
(まさか、何かの間違……)
――高祖さん、出身地が『筑前・高祖山』となっているのですが、これは? その、海外での活動が長いために、敢えて古風な地名を?
――ビジネスに関係のない話はしない。私はビジネス以外のものには一切関心がないからだ。
何やら、とんでもないスーパースターへの取材のように、彼を取り囲む報道陣でその姿はあっという間にかき消されてしまった。
「ま、まさか、君、彼は、もしや……」
鷲塚は吉田に尋ねたが、返事はなかった。少し置いてから
――ま、クビになった会社が買いたたかれようと、あんたには関係ないよな? 俺の夢はさ、世界中すべてのタイムマシン関連企業をぜーーんぶ傘下に収めること。夢がかなった暁には、あ、『暁』って言ったがべつにお前の『元』会社に語呂合わせなんかしてないぜ? おお、そうそう、俺も『元』社員だったなぁ。
「いや、君はその、例の彼女と他の星系に行ったのでは?」
吉田が腹を抱えて笑っている。
――あんたもさ、相当におめでたい人種だよな? あーーんな着ぐるみ一つで騙されるとは
「き、着ぐるみ!?」
確かに、CGがないような大昔のSF映画ではそれこそ「着ぐるみ」で撮影をしていたと聞くが。鷲塚を騙すためだけに、そんなものを作る意味が分からない。それに、鷲塚はタイムマシンを叩き壊し、彼が会社をたたむことを手伝ったのだ。他の星系に行くのでなければ、会社を潰したり、マシンまで叩き壊す必要はなかったのでは?
――なーーに考えてんだか。なんかこう、俺の人生最大のジョークってか? じゃあな。あんたとはこれきり。インチキな発明品なんか金になんないが、女房の高級ホテルがあれば飢えることはねぇし。どっこいどっこい、これで、あんたも完璧なヒモ~
それきり通話は切れてしまった。鷲塚は大慌てでその番号にかけ直す。場所によってはどれだけの通話料を取られるか分からないというのに、そんなことは考えもしなかった。
なんとか電話はつながったようだ。ほっとしたのもつかの間、相手からは聞き取れない海外の言葉で機械的なアナウンスが流れた後、勝手に切られてしまった……。鷲塚が通話内容の録音を翻訳機能で訳してもらうと……
「この電話番号は現在使われておりません」
鷲塚は狐につままれたようになった。とにかく大急ぎで検索する、「高祖帯刀」と。なんということか、現在最もホットな話題がこれとなっている。
――謎の前半生 信じられないほどのイケメン
――話題の美しすぎる男は凄腕 『この世の中に 買えない企業などない』
――海外でのあだ名は『麗しき悪魔』
――逆輸入? 先祖は戦国武将なのか? 暁工学へTOBを仕掛けた男
(……)
呆然となる鷲塚は、再び鳴ったスマートフォンを放心状態のままタップした。
――ねぇ、さっきの見た? あの人、とうとう出てきたのね。あなたならピンと来ると思ったから。……もしもし、昭彦さん?
「ああ、君か。何なんだ、あの、高祖という男のことか? 私も今見て驚いたところだ。彼はとうに死んだものと……」
――死んだ? 嘘、吉田さんからとっくに聞いてたじゃない。
「は? 話が見えないが。なぜ、君は知っていたんだ? 一緒に過去に行った時、あの男には会っていないと思うが」
――当然よ。だって、あの時、あの人はとっくにこっちにいたんですもの。
「……」
――え? 本当に知らなかったの? ああ、ごめんなさい。仕事だから。吉田さんのメールに書いてあったでしょ。それじゃ、切るわよ。
メール? 吉田から受け取ったメールは生涯で一通だけだ。鷲塚は奇跡的にまだ削除していなかった例のメールを見直した。どこをどう見ても、ただのスケジュール表……。
一番下までスクロールした鷲塚は、今更ながら、見落としていた部分があったことを知った。千寿との別れや、吉田のエイリアンとの結婚話などで混乱し、ただのスケジュール表だと思ってロクに見なかったのだ。予定表だけは電子手帳にコピーしたせいで、ますます、二度とメール本文を見ることがなかった。そう言えば、綾香はあの時、一緒にメールを見ていた。女らしいきめ細かさで、きちんと隅々まで読んだのだろう。

あんたはさ、俺が千五百年前、しかもあんた『専用』の歪んだ時代なんぞに行って、あんな血も涙もない野郎に力を貸してるのが許せないんだろ? 俺も最初はたんなるジョークだったのよ。あんたの入れあげてるガキなんかをこの目で見たら面白いし、嫌がらせでもしたら、楽しかろうってな。
ところが、だ。さすがの俺も、発信器なしでは難しく、あんたのように『テレパシー』も効かねぇから、とんでもない場所に着いたわけ。その時出逢ったのが、あいつ。
一目でわかった。あいつの能力値。『バケモノ』。しかもあの性格。凄まじい『自信過剰』。ほんで、そこら中全部、自分以外を馬鹿にしてんのな。こんだけ優秀なのに、なんで評価されてないのか、と。
俺そっくり。顔は向こうのほうがイケてたけどよ。
ま、あまりにもな暗黒面全開しすぎで、時代物の『お涙頂戴 勧善懲悪』では勝ち組になれなかったが。
ここでやめたら男がすたるのよ。で、未来で捲土重来。俺らが手を組んだらこの世界で負けなし。
俺の生涯最大のジョーク。タイムマシンなんてくそくらえ。てめえら全員あんな禍々しいもの使えないようにしてやるぜ。あばよ。

鷲塚はこれを読んでもさっぱり意味が分からなかった。綾香にはわかったようなので、家に帰ったら聞いてみる以外なさそうだ。
そのとき、またしても、ライブが。
――私は御社にTOBをしかけます
いったい、吉田は何を考えているのか。タイムマシンに恨みでも? だいたいあれほどの腕をもつエンジニアだったのに、何だってファンドなんぞに転向したのだろうか? いずれにせよ、暁工学も、吉田も、それに、タイムマシンも、もう鷲塚とは何の関係もなかった。
――いい加減、発明の夢は諦めてホテルの仕事をしてくれない?
家に戻るとまたお小言だ。
――あああ、また奥方に言われちゃってるよ、馬鹿なの?
懐かしい声がそう言ったような気がした。彼はもう、少年ではなくなっているだろう。しかし、鷲塚の中では永遠に少年のまま。
結局、明らかになったことも、永久に謎なままのこともある。しかし、世の中とはこんなもの。何もかもがつねに、1+1=2とはっきりした答えが出るはずもない。逆に、だからこそ人生は面白いのだ、ともいえる。自宅へ向かう鷲塚の足取りは軽かった。平凡すぎて普通すぎる、ま、これで十分である。少年時代の思い出は永遠だ。発明王になることも、タイムマシンで大儲けすることも、夢で終わってもいい。愛する人がそこにいれば、それだけで十分だった。それは千寿も同じだろう。

物語にはまだまだいくらでも続きがありそうで。でもそれには、いずれどこかで終止符を打たなくてはならない。さもなくば、世の中すべてがエンドレス。終わらぬ宴はないという。どんなに名残惜しくとも、この話はここでおしまい。

世の中みんながハッピーに by:千寿

ライブ映像の中。髙祖帯刀の後ろに張り付く鞄持ちの男。どこか見覚えがある顔だ。
「買って買って買いまくれ。我らの支配下のあれらの投資家ども、すべてを動かせ」
「あまり暴走すると、ボスに叱られますが」
「江良、貴様はこの私についているのか、ボスについているのか?」
麗しき悪魔は歩みを止めぬまま言う。
「……」
「安心しろ。私は敗北の二文字とは無縁の男だ」

たった一人の読者、我が尊敬するDせんせいに捧げます。
拙い駄文でしたが、お付き合いくださったこと、生涯忘れません。
20210224 17:26

初出: 第1章~第3章67話『カクヨム』 ⇒『NOVELDAYS』(ともに削除済み)
第3章68話~第4章 このサイトのみ。