第百話:エピローグ

「何が子々孫々未来永劫の盟約だ。我らが配下の国々の反乱や勝手な独立に手を焼いているうちに、有川家の領国は九州にまで及んできた。これ以上は見許しにできない。そうであろう?」
一人、府内の敷山隆邦だけは面白くない。配下の戦馬鹿どもの数はめっきり減り、皆、それぞれの「元」当主とともに、「元」支配国に戻っていた。ゆえに、逆に言うと、現在彼の傍にいるのは敷山家譜代の家臣だけ。当主の意向は皆の意向だった。
「もちろんですとも。今こそ立ち上がるべきです」
「当たり前です、あの有川家は我らを騙し、己の手中には禍々しい南蛮の妖術を温存していたのです。我らがあの裏切り者高祖なにがしを追放した後、何もできなくなったのをいいことに」
「いますぐ出陣の準備を」
口々に声が上がった。
「黙りなさい!!」
なにやら威圧的な女の声が響き、肩までのザンバラ髪に甲冑姿の敷山多江が入って来た。
「おおお、多江か。僧兵、というのは聞いたことがあるが、お前の場合『尼兵』とでも呼ぶべきか。心強い限りであるぞ」
有川昌興が出家した後、多江はとうとう昌興に会うことがかなわぬまま、その髪を下ろしたのであった。敷山家は、有川昌興やそれを継いだ千寿とは違い、一度配下とした国々に対して丁重に扱わなかった。よって、帯刀の追放と、南蛮渡りの築城術の喪失とともに離反者が相継いだ。多江の出家で妹を政略結婚のコマとして扱う道も絶たれ、隆邦としては、踏んだり蹴ったり。しかも、離反した国々の中には有川家の庇護下にはいることで、敷山家の横暴から逃れようとする者が続出したから、もはや有川家憎しの思いは抑えようがなかったのである。
多江は軽蔑の籠った目で兄を見た。
「兄上、すでに『天下惣無事』なるものが出されたのをご存知ですか?」
「その、ソウブジなんとやらは、わしにはようわからん。分からんが、それを出したのは、あの『小僧』。あのような小僧に従う我らではない」
「小僧ではなく、他家の当主です。お言葉おつつしみください。わたくしは出家。もはや、世俗とは関わり合いない身です。それが争いごととなればなおのこと。しかし、ことはお家の大事ゆえ、敢えてまかりこしました。『天下惣無事』すなわち、我らが勝手に他国と争うことは禁じられております。もしも、兄上が勝手に周辺の国を侵せばすなわち、将軍家による討伐の対象となります」
「何が将軍家だ。あんな小僧ではないか。このわしに敵うとでも?」
多江はもはや哀れみの籠った視線となり、それでもかつて大切にしてくれた実の兄、今も愛する兄を思って付け加える。
「残念ながら、兄上に勝ち目はございません。天下のすべてを敵に回して、勝てる道理がございません。筑前守護兼九州探題、徳山家だけでも兄上を一捻りにできます。今となっては、有川家に平伏恭順し、家名だけでも守り伝えていくことが、我らに出来る唯一最良の策にございます。それでもなお、出陣なさるとの仰せでしたら、このわたくしを斬ってからにしてくださいませ」
言い終えて、多江は静かにその場に跪いた。
一同は静まり返り、やがて、そっと隆邦を盗み見た。
「なんということか。われらはしょせん、戦馬鹿の集団にすぎなかったと? わしとて分かっておったわ。何かが違っていたと」
力なく頽れた隆邦を、涙に濡れた多江の顔がしっかりと見つめる。
「ご立派です。兄上。よくぞご決断くださいました。戦馬鹿でなにが悪いのです? 時は戦国乱世。兄上とて優れた猛将、いえ、名将の一人としてその名を記憶されることでしょう。我らがやり遂げたこと、やったこと、すべて、無駄な事など一つもないのです。ただ、恐らくは、天下がやがて彼らの名の下で統べられることは、元より定められていたのでございます。だれも、己の定めには逆らえません」
何やら人が変わったような多江の姿に、隆邦は己も出家すれば、あのように世の中の道理に通じることができるのだろうか、とぼんやりと考えるのだった。