第九十九話:新たなる旅立ち

執務室には五人の人物がいた。毛利元就と次男の元春、陶隆房と弘中隆包、それに徳山直幸だ。
「さて、いつまでもお歴々が手柄無し、というのも勿体ないので、これから皆様方を遠国に『飛ばし』ます」
千寿が重々しく宣言する。
「おおおーーーいいね、いいね」
馬鹿の「ように」はしゃいでいる徳山直幸を見て、正直な弘中隆包は不安を押し隠せない。
「その、『飛ばす』とは……?」
れいの目を開けたらいきなり……の話を聞いていない彼には、「飛ばす」といったら左遷でもされるくらいの認識だ。確かに、この中で最も格が低そうなのは自分だが、それでも先代には忠節を尽くしてきた。少なくとも、元春や直幸のような二代目よりはマシなはず。それなのに、代替わりと共に遠国へ飛ばされるなど。
「弘中様、何を誤解しているのかな? 言ったよね、弘中様には感謝していると。『史実』は目茶苦茶になったけど、人格は同じはずだから、とっても信頼している。だから、隆房様につけるんだよ」
隆房に「つける」と言われた弘中はますます被害者意識が高まった。そもそも、なにゆえ、常に陶の配下にされているのかが分らない。今の主は大内家ではないのだから、陶は元々は一門とかそういう扱いではないであろう。と、ここで隆房と千寿との複雑な関係を思い出す。どちらかというと「戦馬鹿」の彼でも、あれだけ長いこと隆房とひとまとめにされていたのだから、さすがにそれなりのことは聞き及んでいた。「寵臣(?)」の配下となることは吉か凶か……あまり面倒なことにかかわりたくなかった。
「弘中様、どことなく江良様に似てきたね。そうやってあれこれと考えない。武人は武辺一辺倒でいいんだよ。ということで、先ずは『経験者』のお前から」
千寿は直幸を指差して、ゲーム機の画面を起ち上げる。そこへ、鷲塚が入って来た。
「おお、すまん。遅れてしまった」
「遅いーー」
千寿がれいによって白い目で見る。
「山田なしで始めるところだった」
「何? いや、お宝の選別に手間取っただけだ。君にゲーム機を渡した者として、私抜きなどあり得ぬだろう? 人間消失劇をこの目で見ないことには、帰国したら綾香に耳をつねられる」
鷲塚とフィアンセのラブラブのところは、弘中の悲鳴で聞こえなくなった。
「い、今なんと? 『人間消失』なんたら、と?」
「あーー弘中様ってば、江良にも相良様にも似てきた。とんでもなくマズいね。今ここにいる人たちは皆、一番信頼して、ゆくゆくは広い領国を任せようと思っている人たちなんだから、そこに入っていることを光栄に思ってくれないと。ただし、多少の痛みを伴うことは覚悟してね」
なんと、「痛みを伴う」などと。そもそも何なのだ、この子どもは……。当主の「弟」だった時から「普通ではなかった」が、今度は当主「そのもの」になってしまった。しかし、態度や見てくれはまったく変わっていないではないか。
千寿は弘中の心の中が手に取るように分っていたが、無視をした。
「ええと、山田のせいで、やり直し。まずは直幸から。うーーんと、どこがいい?」
直幸はゲーム機画面ではなく、千寿の顔を見ながら、
「お前が決めた場所でいい。俺は馬鹿だから、作戦はお前が考えろ。俺は言われたとおりに……」
最後まで言い終わらぬうちに、直幸の姿は忽然と消えた。
「おおお、まさに、人間消失だ!」
鷲塚が興奮して叫んだ。隆房は固まり、毛利元春はぽかんと口を開け、毛利元就は青ざめている。弘中一人はあまりにも何も理解していなかったから、かえって何が起こったのか分らず、もっとも被害が少なかった。
千寿は震える手でゲーム機の画面を調べる。
「今あいつを蝦夷地の手前に飛ばしたの」
「な、な、蝦夷地? 手前?」
一同が地図画面を見てみると、今の北海道が「蝦夷地」となっている少し手前。青森県のあたりに何やら城があった。千寿がその画面を拡大すると、直幸の名前がその城の名簿(?)に……。
「あ、間違えた……」
千寿は真っ青になった。
「そうですとも。まだ誰もいないところに飛ばしてどうするのです? 徳山殿が彼の地の者に捕らわれてしまいますぞ」
何やら毛利元就が、千寿より遙かにゲーム機の道理を知っているような雰囲気に、さすがの鷲塚まで圧倒された。千寿が大慌てで、直幸の名前を押すと「管理画面」が現われる。所属先を「山口」にすると、一瞬で山口城の名簿に彼の名前が。しかし、本人は現われなかった。一同は狐につままれたよう。
「ああ、多分門の外だよ。そのうち文句垂れながら入ってくる」
千寿の言うとおり。
「くそーーいきなりやるなよ。てか、なんでまた戻す? ひぃー寒かった」
信じられないことに、この怪しげな「箱」は本当に人一人好きな場所に飛ばせる。これにはさすがの元就もびっくりだ。同時に、このようなモノを持っていた千寿のせいで、毛利家は諸々のいわれない損害を被っていたであろう事実を知ってしまった……。
「うーーん。じゃ、要するに、せいぜい今ある城のうちもっとも東の外れ、とかに入れることしかできないの?」
と千寿。今までは足りない人材をこちらに「引き寄せて」いるばかりだったから、それと反対のことをするとなると良く分らなかった。鷲塚が説明しようとする前に元就が割り込む。
「当然でしょうが。つまりは、これらの、尼子家の連中とわしらとが、合流するかたちになりますな」
「なんかつまんないね」
千寿はがっかりした。全国各地に飛ばしてしまい、四方八方から動かせると思ったのに。
「いやいや、すごいことですぞ。尼子家の連中といったんは合流しますが、元は将一人に兵五万、それが、我らが行くことで、将六人とその……兵力は増やし放題、で合っておりますね?」
「……」
鷲塚はもはや、自らの存在は無に等しいとすら思えた。
「じゃあ、全員でいや、やっぱりこの三組で、それぞれ、ね」