第九十九話:新たなる旅立ち

千寿はすったもんだの末、強引に「有川昌春」として有川家の当主となったが、「千寿でいいよ」の一言で未だに幼名で通している。
鷲塚昭彦は先の当主にして千寿の兄・昌興にだけ本名からなにから千五百年前の彼にも理解できそうなことすべてを明らかにした上で、千寿を助けるという「名目」でゲーム機の使用を「公認」された。
毛利元就は安芸国内のすべての城を与えられ、有川家の忠実な従属国となった。「史実」だと広島から追われる運命である子孫のことを思えば、これはむしろ幸せだったかも。聡明な少年当主の「親友」となった「謀神」は十分満足だった。
未来から来た鷲塚に「パイレーツ・オブ・セトウチ」という二つ名をもらって大喜びの村上武吉は、瀬戸内海の利権の半分を認められ、有川家の忠実な配下となった。
異母兄と身分卑しい弟の連係プレーに阻まれ、家督を継ぐ野望を完全に挫かれた有川昌典は、亡き妻そっくりの毛利元就の養女を継室に迎え、ひととき嫌なことを忘れた。
徳山直幸は千寿の「義理の」従兄にして乳兄弟だったゆえに「重用(?)」され、戦馬鹿ながら伊予守護となったが、山口から(千寿から?)離れようとはせず政務は守護代に丸投げした。
欲しかった周防守護を昌典に奪われた陶隆房は内藤家を追い出して長門守護になったが、不満たらたらだったので、「ワヤクチャ記念」という謎の名目で厳島を与えられた。
重傷を負ったが奇蹟的に回復した一条恒持は妻の辰子と共に、隠居した父の跡を継いで、土佐国へ帰った。
相良武任は千寿と諸々の秘密を共有し、一蓮托生という「有難い」身分で、なおも奉行筆頭を務めている。その大邸宅は金銀財宝の山だが、美しすぎる娘の嫁ぎ先が見付からぬことだけが悩み。

……と、ざっと書き連ねただけでもそれぞれが落ち着くところに落ち着いて新しい生活を始めた模様。それと同時に、「国盗り」のほうも進んでおり、千寿が山口城大広間の壁に貼りださせた「日本地図」には城一つ落とすたびに忍者・岩国鷹丸の新たな手裏剣が突き刺さり、忍者屋敷のトゲトゲの壁状態となっている。
そろそろ話を〆るにあたり、途中で行方知れずになったいくらかの人物についてもはっきりとさせておかないと気持ち悪いと感じる人がでるかも。

その日。千寿は故郷の宇部に戻り、とっくに出家&隠居済みの父・松苑と剃髪したての兄・昌興に挨拶した。兄とは数日前まで共にいたが、父と会うのは久々だった。
松苑はかつて、末っ子の千寿を目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。十歳以上年上の兄・昌典はちょうど思春期で多感な頃に、父が弟を溺愛する様を見てしまった。彼に対しては威厳を持って接していた父が、千寿を背中に乗せ、「お馬が通るぞ」とはしゃいでいる。
嫡男として大切にされていた兄。溺愛されている弟。昌典に父への憎悪が生まれたのは、部屋の中を這い回わる父の姿を見たその瞬間だった。
「お前にも、お前の兄にも、惨いことをした」
昌興が訪ねていくときには、常に義兄・三枝智頼と囲碁の最中であった松苑だが、この時は千寿と並んで縁側に座っていた。「惨いこと」と言われて千寿は胸が苦しくなった。父が昔のように溺愛してくれなくなったのはいつの頃からか。言われなくても分っている。例の迷惑な「太守様」の元に「ご挨拶」に行ったあの日から。
兄の昌興は千寿を御前に留め置く、という命令に逆らうことが出来なかった。その頃からトロかった昌興は、太守様のそのような人となりを「知らなかった」のである。胸に浮かぶのは先代の文武に秀でたお姿ばかりなので、その息子があんな「雅」を愛する腑抜けな殿様だとは思いもよらなかったのだろう。家中の者、近隣の従属国の者、そして、他国の者すらもそれらの「噂」を知っていたのに。
殿様が千寿を「面接」に呼んだとき、いくらでも「断る」口実はあった。松苑は寺に入れてしまおうと考えたくらいだ。あの髙祖帯刀の父親など本当に息子をどこかに隠してしまったのだから、やり方はいくらでもあったのだろう。結局、松苑はつまらぬことで主家の怒りを買い、ただでさえ「武骨者」として肩身の狭い思いをしている昌興の立場がさらに危うくなる、ひいてはこの家のためにならない、と考えてしまった。
面接の場では「馬鹿」を装うように、とあれだけ言って聞かせたのに、賢すぎる千寿はその才能を隠すことができなかった。たとえ、「馬鹿」であっても、よほどのことがない限り「見てくれ」で選ばれる。父の不安は的中した。その後のことは周知の通り。鷲塚昭彦が大内家山口館に「降ってきた」あの時、千寿はすでに、殿様第一の「お気に入り」となっていた。
父は千寿に対する罪悪感から、まともにその顔を見ることすらできなくなった。こうして無事に戻って来て、いつでも会えるようになったのに、千寿が父の元を頻繁に訪れることがなかったのは、父のその「負い目」を知っていたから。
「父上、上手く言えないけど、その……感謝してるよ」
千寿は兄たちのように、父を敬う態度がとれなかった。成人し、当主になったというのに、なおも「幼児語」で話している。それは、まだまだ甘えたい盛りに、父から引き離されたせいかもしれなかった。しかし、兄の昌典には、そもそも父に「甘えた」記憶すらないことなど、千寿は夢にも思わない。
昌興の言ってみれば頑固者の我儘により、家が潰れるかという大事件が起こったあの時、先代はそれを咎めなかったかわりに、有川家との縁組みは必至と、父・松苑に当主の縁者を娶せた。それが昌典の母。ゆえに、どうも、「押しつけられた」妻、高貴すぎる身分という思いが拭い去れず、その気持ちは妻本人というより息子へと向かった。なぜならば、昌典はあのような武芸からきし。馬を見て泣き喚き刀を持たせると倒れる有様。武骨者の松苑は息子の扱いに困ってしまった。単に、背中に乗せて部屋を這い回るだけで良かったのに。その頃の彼はまだ、徳山隆幸のような荒武者時代そのまま。当主としての威厳もあったし、千寿の頃のような隠居爺になるには早過ぎた。
彼の三人の息子はすべて母親が違う。どの妻も早死にし、息子たちはほとんど母の愛情を知らない。唯一昌典だけが母に愛された時期があったが、それとて、長くは続かなかったのだ。老いてから生まれた子は可愛いとか。千寿はまさにそうだった。生まれたときから母親がいない。そんな哀れな幼子を、父は母親の分まで愛した。それがもう一人の息子を深く傷つけていることも知らずに。
そして千寿をもまた、あのような人物の「身の回りの世話をさせる」奉公に出し、取り返しのつかない過ちを犯した。結局、息子たち二人ともを傷つけてしまったのだ。
千寿はぼんやりと冬の庭の一点を見つめる父の、老いて皺だらけの手にそっと己の手を重ねた。
「もう家に帰ってきたんだから、結果オーライ、だよ」
「終わりよければすべてよしと、そういう意味か?」
「すごいな、父上は。南蛮の言葉まで分るの?」
千寿が瞳をキラキラさせる。それが、千寿を生んだその日に世を去ったあの娘のそれと、そっくりなのを見て、父の目からは涙が零れる。
「千寿は幸せだから。誰も恨んでいないよ。人の一生には多分、最初からいくつか定められたものがある。それは変えることができないけど、でも、どんなに辛くて悲しくても、きっと乗り越えれば幸せが待っている。たくさんの人に出逢って、みんなが助けてくれて、千寿は本当に幸せだった。だから、父上と兄上、それに、千寿を生んでくれた母上、みんなに感謝してるよ」
俯くと涙が零れるから、千寿は空を見上げた。今頃、山口の城には山田のタイムマシンが着いたはず。また、「国盗り」の相談が始まる。
(父上、この先、たとえ千寿が遠く離れたところに行ったとしても、どこにいても、いつでも、ずっとずっと愛してるから)
ぺこりと頭を下げて出て行く後ろ姿を見送り、松苑の顔に寂しそうな笑顔が浮かんだ。
「あやつ、また何か企んでおるぞ」
いつの間にか後ろに来ていた昌興に、父はそっと教えてやる。
「まさか。今度こそはいくらなんでも、まともに励むでしょう」
剃り跡も青々とした、出来たてほやほやの「出家」。いやはや、美男はどんな姿になっても美しいのである。
「おぬしも早々と隠居、いや、出家したものだ。わしと違って、念仏を唱えなければならん理由も見当たらぬだろうに」
父は三人もの妻をつぎつぎに亡くしたことを言っているのだ。
「いいえ、父上。私は塔子ばかりかほかにも多くの女人を不幸に……」
松苑は昌興、いや法名:瑞龍の口から出た意外すぎる言葉に驚いて振り返ってしまった。このような台詞、陶隆房のような者の口から出たのなら、少しも驚く必要はないのだが。
「まさか、お前、自ら『女難』の相がある、などと言い出さぬであろうな?」
「父上……」
昌興、いや瑞龍は絶句した。松苑はまじまじと息子の顔を見る。思えばこれまで、故意に目を合せぬようにしてきた気がする。彼に対しては、特に「負い目」はないはずだが。
「いやしかし、我が三人の息子はなにゆえ、揃いも揃って美男ばかりなのだ? 一人もわしに似ておらぬではないか。皆、母親似だ」
呵呵と笑う松苑には、寺の外で中に入れろと喚く敷山多江の声は届かなかった。
(私が不幸にした女人の数はちょうど三人、父上と同じでございますよ……)
昌興はそっと山門に向かって手を合せた。