第九十八話:ハネムーン to 室町

鷲塚と千寿、隆房と元就、それに直幸と相良、一同がゲーム機の画面を見つめていた。
「問題は敷山家なんだよね。九州全部がこの戦馬鹿の帝国。本当に子々孫々未来永劫盟約が続くとは思えない」
千寿が九州の上をタップして、画像を拡大する。
「前回の大地震で暫くはおとなしくしておりましたがね」
元就は今もってこの「禍々しい箱」には不慣れであるが、閃きは他の誰よりも優れていて、常に千寿の言葉に一番に反応する。
「まあ、その辺は……襲われてから考えてもいいだろう。仮に彼らが最後まで大人しくしていると仮定すると、九州の九カ国は諦め、その分余計に東進する必要が出て来るな。私は常に隅っこから始めたから、ちょうど畿内までくるところで三十六に届くのだが、そこから九をマイナスすると、その分……そうだな、小田原あたりまで行くことになるか」
「うわ、師匠が大嫌いな『北条』だ……」
千寿の言葉は、鷲塚以外には意味不明。しかし、もうそんなことは慣れっこだった。いちいち反応すると「時間がない」と千寿に怒鳴られる。
「伊秩だの乃木だのが、畿内に近付いているから、放っておいて捏造したら簡単そうだけど、それだと毛利様や隆房様がやることなくなってつまらなそう」
「俺もいるぞ!!」
と直幸。
「分かってるよ。でも三人がこれからここらまで行くのに何か月かかるの? 海賊の高速艇を使ったとしても……」
「この前の俺みたいに、吹き飛ばしてくれよ」
直幸はへらへら笑いながら言った。
「吹き飛ばす、とは?」
老人には分からない世界だ。
「そりゃあ例のあれだ、山口で睡魔に襲われたと思って驚いて目を開けたら……そこは宮島だった!!」
「ふざけるな。いくら馬鹿でもそこまでのデタラメは許さん」
除け者状態の隆房が叫ぶ。
「何だよ。あんただって、発言力、馬鹿な俺並じゃないか。言っとくが、俺の話は本当だぜ。千寿の『妖術』で飛ばされたんだ」
「何ですと!?」
毛利元就と相良武任は同時に叫んだ。二人にはともに身に覚えがあったからだ。元就には、宮島で霞と消えた高祖帯刀のことが思い出され、相良はもちろん、例の「気が付いたらここに立っておりました」という仕官希望者たちを思い浮かべていた。
「つまり、南蛮の呪術には、本当に人一人『吹き飛ばせる』術がある、というわけですか?」
元就の言葉は千寿の耳に入らなかった。なぜなら、千寿は今となってはどうでもいいあることを思い出したのだった。
「隆房様……江良の野郎を宮島に置いて来てしまったよ……」
そういえば……隆房も今頃になって思い出した。
「置いてきた、とは?」
鷲塚が一応尋ねる。
「その江良ってやつは、隆房様のところで、相良様のように、仕官希望者の面接をしていたんだよ。でも、宮島で毛利様とれいの作戦をやっていた時、兄上のニセ書状をもって『有川家に寝返った』なんて言って来たんだ。てっきり昌典兄上が何かの悪巧みをしたと思ったんだけど、本人はあの高祖って男の使いだと……わけが分からないから後で調べようと思ってたのに、昌興兄上のことがあったから慌ててて忘れてしまったんだ」
「どこにいるかは、ゲーム機で調べられるではないか」
鷲塚に言われて千寿は江良を探す。地理的に、あの場所で囚われたまま餓死していたら、宮尾城から探せるはずだ。しかし、「いなかった」。
「おお、このような便利なことが……」
毛利元就は目を輝かせた。彼が知りたいのは当然、高祖帯刀の行方だ。千寿は五十音順で一覧表を出して、彼らを探した。しかし、どういうわけか二人とも見つからない……。
「どういうこと? 消えてるけど……死んだの?」
「おそらくな」
鷲塚が言った。
「さすがに死亡してしまったら画面からは探せない」
千寿は江良の死に関与してしまったと考えると寝覚めが悪いが、それはあの男自身が悪いのだ、と思うことにした。
「ええと、何の話だっけ?」
「わしらを『吹き飛ばす』話です」
老人はやがて子どもに返る、というが、毛利元就の知的(?)好奇心たるや、息子である三男を上回るほどだった。

大慌てで一時帰宅した鷲塚昭彦は、またも綾香が液晶画面に張り付いているのを見つけた。
「おい、あまり根を詰めたら病気になるぞ」
「あなたこそ、毎日飛ぶなんてやめてね。タイムマシンだって、事故とかあるのでしょ? 私これでも毎回、心臓が止まりそうになるんだから」
そのわりには鷲塚の顔を見ようともしない。
「いやその、今回は例の薬の件もあったから、君が気にしているのではないかと」
「そうだわ。どうだった?」
綾香がやっと振り返った。
「彼の兄さんは無事だ。あれほど元気になったところを見ると、まあ、病名なんぞわからんが、薬が効いたのだろう。もし、薬と無関係だったとしても、それはそれで……、結果オーライ、だろ? で、私は君の創作が我々のハネムーンに間に合うように大急ぎて戻った訳だ」
「ハネムーン!?」
綾香の顔が朱に染まる。法律上、二人はまだ夫婦になれない。しかし、式を挙げたら、結婚旅行は絶対だ。でも、その行先は?
「言っただろう? 彼らに会いたいと。だから、最後の航海は君と一緒だ。約束した通りだ」
そうだった。しかし、吉田の都合で、その日付が三か月先、と強引に決められてしまった。三か月は本当に辛い。鷲塚の話では、相当強引なことをしなくては三か月で天下統一は難しいらしい。でも、千寿に彼と鷲塚の物語を書き上げてプレゼントしたいと願う綾香は、なんとかその日までに完結したいと思っている。それに、ほかにももっと驚く贈り物を考えていた。
「三か月は辛いわ……」
もう泣きたいくらいだった。
「吉田からあのオフィスを買いとる、というのはどうだろう?」
鷲塚がダメ元で言ってみる。
「それは無理でしょ」
綾香は絶望的な表情をする。仮に、借金してでも買い取ったとして、吉田のような優秀なエンジニアなしでは、鷲塚をタイムトリップさせることはさすがの綾香も、絶対に反対だった。彼女の『女社長とエンジニア』同様、鷲塚もエンジニアとして優秀とは言えない。もし、本当に優秀だったなら、今のように、密売に手を染めたり、謎の過去の少年に関わっていたりはしないはず。綾香が趣味で小説を書いていても、生涯作家にはなれるはずがないのと同じように、彼にも何かが足りないのだ。それがまた、愛しいところでもあったのだが。
「何かをやり遂げるには三か月は短かすぎるけど、でも三か月あればできることもたくさんあると思うの。精一杯、悔いが残らないように、出来る限りのことをやればそれでいいわよ、ね? 頼むから慌てふためいて大怪我したりしないで。そんなことになったら、千寿だって悲しむわ。で、ゆっくり休んでリフレッシュしてからまた出かけるほうがいい。急がば回れ。美味しいものでも食べて、それで、今回の旅について、全部話してからにして、お願い」
「分かっている。私もあっちで三か月付きっ切りなどとは考えたこともない。方向性は話しておいたので、少し置いてからがいいだろう。次回までにどの辺まで進んでいるか、考えたらドキドキするな」
「ホントね。でも、私たちのハネムーンの計画も考えてよ。そっちもドキドキでしょ? ええと、私たち、戦国時代への新婚旅行?」
「だから、私に歴史の話題は……」
言いながら鷲塚はデジタル事典を調べていた。
「ふむ。正確には室町時代のようだ。いちおう、将軍もまだ存在していたしな。室町時代は、建武の新政、南北朝、戦国……と別れているとかなんとか……」
綾香が鷲塚のタブレットを奪い取った。
「あら、でも『戦国時代』がどこから始まるか、って二十一世紀になっても論争してたんですって。さらに、ここ数年、また揉めているみたい」
「だから、歴史など私は好まないのだ。1+1=2。はっきりと答えが出ないと気分が悪くなる。私と君が行くのは戦国だか室町だか知らんが、『千寿たちがいる時代』、そこだ」
クールに決めた鷲塚の耳元に、綾香がそっと口づける。
「素敵💖」