第九十八話:ハネムーン to 室町

山口城内。
有川昌興は奥の間で病の床についており、千寿だけがその脇に侍っていた。部屋の外には、徳山隆幸と敷山多江が誰も中には入れぬ、と頑張っている。そして、中庭の外れで、一人むくれている男……。隆房ではない。徳山直幸である。
彼の視線の先に、何やらヘンテコな物体が。それは庭の石灯篭のなかにポツンと置かれている。ジョニー・吉田制作、千寿の発信器である。
(いくら俺が、『馬鹿』な『山猿』だからって、こんなヘンテコなものの護衛ってねぇよな……。父上ばかりか、あの女武者まで昌興様の部屋を守っているってのに)
敷山多江はどうしても毛利親子や陶隆房のごとく「個別に」室内に入れてもらい、わずかに一言でも昌興と話したかった。だが、千寿から申し訳ないがそれはできない、もし今会えば、一生後悔する、と言われどうしても中に入れてもらえなかった。それでも、絶対に傍を離れるものか、とこうして居ついてしまったのだった。いちおう、盟約がある国のお姫様なので、徳山隆幸以下、多江を追い出すこともできず、昌興からそのような命令もないので、放置状態。何のかんの言って、腕に覚えがある女武者だから、いてくれたほうがマシだ、というようなことになっている。
直幸は多江の加入によってはみ出し、千寿から「これは命の次に大切なものだから」とれいの発信器の前に追い出された。
「あーーつまんねぇ……」
直幸が文句たらたらで、その場にしゃがみこんだその時、ごーーという音とともに、一陣の風が……。
「うわ、何だ?」
直幸が一瞬目をつぶり、もう一度目を開けた時、そこに山田が立っていた。
「あ、あんた……」
そういえば、城井谷の山中でも似たようなことがあった、さすがにトロい直幸もそんなことを考えた。もしかして、千寿が「命の次に大切」といったこのヘンテコなもの、これが山田を呼び寄せる装置なのだろうか?
「千寿君の兄上は?」
鷲塚は挨拶もなく、直幸に尋ねる。今回は大量の段ボールがあったから、すぐにマシンをステルスモードにはせず、直幸にそれらの箱をすべて室内に入れるように、と頼んだ。もちろん、鷲塚自身も運ぶ。
「おお、山田殿、お待ちしておりましたぞ」
徳山隆幸もすでに顔なじみなので、何の疑いもなく鷲塚を中に入れた。
「山田ーー」
千寿が今なお泣きはらした目のまま、それでも笑顔になって鷲塚を迎える。
「お前は少し外していろ」
昌興に言われて、千寿はとたんに不機嫌になった。
「またなの? どうして山田と二人きりで話すの? 何か秘密の相談が?」
「お前も少しは休め。話はすぐに終わる」
千寿が出ていき、直幸が段ボールをすべて運び終えた後、昌興は起き上がって鷲塚を見つめた。
「それが、昨日申していた南蛮の薬剤か?」
「左様です」
鷲塚は早速段ボールの一つを開けて、中に詰め込まれた小箱の一つからタブレットを取り出した。
「これを飲めば、わしの病は必ず治るのか?」
「私を信じてください。医師の診断という大切な手順を踏んでいないため、あるいは効果がない可能性もあります。しかし、毒にはならないので、安心してください」
「うむ。貴殿のことはすでに信用している。昌典とは違い、千寿には人を見る目はある」
昌興は笑って言った。しかし、さすがの彼も、千年先の謎のタブレットを飲み下すことにはそれなりの「勇気」が必要だった……。
「その、『丸薬』のようなものとお考えになればと」
鷲塚が後押しするまでもなく、薬剤はすでに昌興の喉元を通り過ぎていた。
「千寿を外に出したのには理由がある」
昌興はおもむろに言った。鷲塚もさきほどからそのことを不審に思っている。兄の命が助かると知れば、千寿がどれほど喜ぶか。
「この薬剤の効果が現れるまで、どのくらいの時間がかかる?」
「私自身は服用したことがないので、人伝になりますが、僅かに数日だと聞いています。ただ、病が発病するまでにはかなりの疲労が蓄積されていたと思われるので、暫くは空気がきれいな場所で安静に過ごせ、と。これも人伝です」
「僅かに数日?」
昌興には信じられなかった。
「それから……これは少し申し上げにくいのですが、お殿様の病は『空気感染』します」
「くうきかんせん、とな?」
「つまりその、傍にいた者に同じ病がうつった可能性がある、ということです」
「つまり千寿にも、ということだな?」
「左様です」
昌興が病に倒れてから、医者を除けば昌興と密接したのは千寿だけだ。
「しかし、この薬剤さえあれば、問題ないのだな?」
「はい。さきほど申し上げたように、私の見立てがいい加減でなければ、お殿様はすぐに回復しますし、千寿様も同じです。見立てが違っていれば、そもそもうつることもないかもしれませんし。病と言うのは、健康で元気な若者などはかかっても発病しませんが、お殿様のようにお疲れになっておられたり、あるいは、幼子、老人、病弱な者、などはその影響を受けやすい、と聞きました」
昌興はいちいち頷いてから、
「要点を述べるが、我が病がかように早く回復するということは、弟には伏せて欲しいのだ。分かるな?」
分かるな? と言われても……。
「やっとのことで千寿を説得した。だが、わしがまだまだ元気だと知れば、また出て行くだろう」
(ああ、それか……)
陶隆房とのあの泥沼……。昌興が再起不能になった、という緊急事態ゆえ、さすがの千寿も兄のために嫌でたまらないことを引き受けたのだ。その話は鷲塚も前回聞かされていた。さらに、ゲーム機のこともすべて話し、それが大内家の人質という千寿の気の毒な身の上を助けたかった、その一心だった、という「申し開き」もすでに了承してもらっている。
「お殿様……」
鷲塚は恐る恐る、木下綾香と話し合って色々考え、予行演習したことを語り始めた。
「天下を統一する、ということは戦のない世の中をつくる、ということ。それが我々が歴史の授業で習ったことです。この時代は我々の書物では『戦国時代』と呼ばれておりまして、この国が争いごとにあけくれ、民は苦しみ、多くの命が失われた『暗黒の時代』とされています」
どうせ、昌興に未来の書物のことなど分からない。できるだけ大げさに、というのが綾香の助言。ただし、「暗黒の時代」という意味が分かったかどうかは不明だ。
「現在、我々の時代の書物と、ここで起こっている出来事は役者が違う、という相違点があるものの、力のある者が天下を統一しようとしている、それがお殿様のことである、という点では同じなのです。
天下が統一されて初めて、この世の中から戦はなくなり、民の暮らしも楽になり、皆が幸せになれるのです。確かに、そこに至るまでも、戦をせねばなりませんから、そこは少し矛盾しますが、それは、平和な世の中をつくるための戦です」
「それで、そなたらの書物によれば、何者かがそのような統一された国を作ったと?」
「そうです。以来ずっと、我々の時代に至るまで、平和な世の中が続いているのです」
本当は、その侍時代最後の統一政権が倒され、一般市民が主人公の時代となり、さらに、その後はなんと海外との戦争まで起こったことは、どうせ話しても分からない事だから、黙って置いた。
昌興は分かったような分からないような顔をしていたが、鷲塚は彼はきっと理解したはずだ、と確信していた。
「私が言いたいのは、一日も早く平和な世の中を手に入れるためには、千寿殿が使ったれいの『邪術』も、必要悪ではないかと。その、つまりは……結果的に血を流す者が少なくて済む、ということを考慮すれば、インチキなどではなく、むしろ……」
昌興はそっと手をあげて、鷲塚の話を遮った。
「そのほうが言いたいことは分かっている。確かに敷山隆邦殿同様、わしも弟がとんでもない『妖術』を用いていたと知った時は腹を立てた。だが、元就殿に教えられた。その『邪術』とやらには、『身勝手な邪術』と『優しい邪術』とがある、と」
「……」
毛利元就のれいの学説をきちんと聞いていたなら。鷲塚はあの老人の言葉など耳に入っていなかったので、一瞬昌興の話が見えなかった。
「千寿は心根の優しい子どもだ。唯一、隆房だけが問題なのだ」
(あああ、それだけは……)
鷲塚も昌興とともに溜息をつく。
「つまり、その邪術の使い方については、千寿の意思に任せる。しかし、そのほうがきちんと教え導いて欲しいのだ。もしも、陶隆房個人のために用いようなどとかんがえたなら……」
「ああ、それはないでしょう、絶対にそんなことはさせません」
「うむ」
鷲塚は何もかも素直に理解してくれる昌興に、それこそ理想の上司、こんな兄弟が欲しい像を重ねてしまっていた。彼にならばすべてを話してもかまわない。そして、最も適切な助言を得られるのではないかと。
「じつは、私が千寿様の傍におれる期間は限られておりまして」
「なに?」
昌興がこれ以上ないような不安の色を見せてくれたことで、鷲塚はますます彼を有難い存在だと感じた。
「その、我らの経済的、政治的理由によって、あと三月経つと、タイムマシンの運転ができなくなってしまいます……」
昌興はその政治的、経済的理由についてしつこく尋ねるようなことはしなかった。ただ、ふっと溜息をついて、
「わずかに三月の間に、この国を統べることができるのか?」
「その……私が先ほどの話を申し上げたのも、じつはこのこととも多少関係が。つまり、『優しい呪術』を使ったならば、それは十分に可能です。しかし、使わなかったならば……それでも、そうたいした時間はかからないと信じておりますが、三月では無理かと」
「そうであろうな……」