第九十七話:天下人への道

城外で千寿を待つ間、鷲塚は敷山多江に纏わり付かれて困っていた。多江に言わせれば、髙祖帯刀が持っていたあの「手術用ロボット」、帯刀が使えるのなら千寿にも使えるだろうし、彼らにその「術」を教えた南蛮人と「同じ種類」の鷲塚ならば当然、あれを使えるはずだ、と言い張る。
鷲塚は以前、千寿のゲーム機を取り返す時に多江の力を借りたし、しかもそれは半ば、彼女を騙すような行為だったので負い目もある。さらにマズいことには、多江の容貌がどことなく木下綾香に似ているような気がして仕方ないので、何となく邪険にできない。あの清楚なキャリアウーマン風綾香と、傲慢で凶暴な女武者多江のどこに接点があるのかまったく不明だが。
「つまりその、あなたが言っているそのロボットは「手術用」。つまり外科手術用だが、恐らく吉田、いやその、君らにそれを売った男が意図していたのは、君たちの時代は合戦が多く、怪我人が多数出る。それらの怪我人の治療用のもの、だ。要するに、その……内科的な病気、いや、病の場合、むろん、そのような病で手術を受けるケースもあるが、それには国家試験を受け医師免許を持った医師の診断が必要。医師の診断に基づいて手術を行うか、投薬治療を行うかが決定されてだね、ええと、カンファレンスなるものを経て……」
「いい加減になさい!!」
多江はついにブチ切れた。いや、とっくに切れていたのだが、いちおう丁寧に依頼しようと努力し、我慢していたのだ。しかし、このような南蛮の言葉だらけの説明、しかも、毛利元就のそれに匹敵する長さ。多江のようなせっかちな女にはそれだけでもう、たえられぬことだ。
「説明など要らぬ。お前は昌興様の病を治せばそれでよい。南蛮人ならば、必ずや治せるのであろう?」
「いや、その……だから私は医師ではないので……」
本来ならば、役立たず、とその場で蹴倒したいところ。しかし、どう考えても鷲塚だけが頼りなので、多江はそこも遠慮した。
「南蛮人だから必ず何でもできる、などと決めつけられては困るのだよ。君たち同様、私もただのタイムマ……いや、商人にすぎない」
毛利隆景は、南蛮人から様々な「技術を学んだ」高祖帯刀が、南蛮人そのものよりはるかに賢かったことを思い出して失望した。
「南蛮人にも色々あるのです。これは……恐らく、『馬鹿』な部類です」
元就の子どもからそのように説明された多江はがっくりとその場に頽れる。
「何てこと。この世の中で、この敷山多江ほど男運のない女もいないわ」
「な、男運? なにゆえ、そのような話に発展するのだ?」
鷲塚は知らぬうちにメガネフレームを持ち上げていた。
「敷山殿、女人とは申せれっきとした武人であるのでこのようにおよびします」
毛利家の三男はまず、そう言って多江に頭を下げてから、重々しい口ぶりで話し始めた。
「敷山家ご当主の隆邦様は、有川家との和睦の席において、妹君と有川家ご当主昌興様との婚儀を提案なさいました。しかし、昌興様には亡くなられた奥方様以外の女人とは絶対に情を交わさないとの固いご意志があり、この婚儀をお断りに。
されど、妹君は昌興様の、亡き奥方様への溢れるほどの強い情、その義理堅いお人柄に惹かれ、婚儀は成らずとも心は既に昌興様の……」
元就は大慌てで、息子の話を遮った。
「お前はどこでこの話を? 本当に『中身』を理解して話しているのか?」
「はい、父上。父上も兄上も皆、この話はご存じでしょう? 日頃から隣国の有様をきちんと把握しておくのはとても大切なことだと、父上から教わりました」

何やら気分が悪そうな陶隆房を見て、鷲塚が囁いた。
「あの少年だが、千寿君をも凌ぐ聡明さだ……」
鷲塚には、毛利家の三男が本当に千寿より賢い、などという思いはかけらもない。感情的にも千寿と親しいのだし。むしろ、そのこましゃくれた少年にやや嫌悪感を抱いていた。何しろ「馬鹿な部類」などと区分されたのだ。ゆえに、隆房と話が合うと思ったのだが……。
「何を言うか。このような国人風情の息子と、千寿を比べるなど……」
隆房が最後まで言い終わらぬうちに、三男が近付いてきた。
「千寿殿も国人風情上がりです」
「な、なに!?」
隆房に言わせれば、問題なのは、千寿が国人風情かどうかではなく、この子どもの人を馬鹿にした「態度」だったが、三男は間違ったことを言ってはいないのだから、と絶対に譲らない。
睨み合う二人を見た元就は、陶隆房というのはまったくもって大人げない男だ、と眉をひそめるのだった。
「あれは、千寿君が絡むからああなるのです」
鷲塚が隆房に恩を売っておく。
「まあ、あなた方にはとうてい理解できない世界だと思われますが、我々の時代ではあのようなケースも普通に存在します。我が同僚など……」
吉田の例を挙げようとした鷲塚は、現在の彼は同姓婚の同僚ではなく、今後はエイリアンと結婚した元同僚になることを思い出した。毛利元就が稀代の智将だとしても、エイリアンについて解説するのは面倒だ。
いや待てよ? 例の大内家公家館からあれらは「普通に」あったではないか。未開な時代ゆえに、違う意味で、犯罪行為のようなこととして存在していたのだという認識だが。れいのへんな殿様と千寿、隆房と千寿はまったくの別物。前者については毛利元就にも理解できるだろうが、後者は鷲塚時代のマイノリティー云々を語り始めねばならず、やはりこの時代人である元就には区別できないだろう……。何とも悩ましい。鷲塚は完全に詰まってしまった。