第九十一話:博打尾

厳島の「囮の城」の中で、千寿はささっと軍装に着替えた。隆房は初めて見るその姿に見惚れた。何とも愛らしい若武者ぶりだ。
「何なの? ジロジロ見ないで」
千寿は恥ずかしそうに顔を赤らめてから、隆房にも早く着替えるように勧めた。
「お前、馬鹿なのか?」
キメ台詞の「馬鹿なの?」をやや言い換えたフレーズを許可なく使われて、千寿は例によってむくれた。
「何それ? どこが馬鹿なの? この千寿が馬鹿だと?」
「いや、そうではない。外を見てみろ。麗しい月明かりだ。お前、何もせずにまだ敵の気配すらないうちから戦の支度に突入する気なのか?」
隆房の妖しい表情に、千寿はすべてを悟った。
「隆房様、お願いだから。それはここでは我慢してもらえる? いくら何でも不謹慎でしょ? 終ってからいくらでも出来るんだから」
「ダメだ……我には我慢の二文字はない……」
千寿のきゃっと言う悲鳴が聞こえた後、室内の灯りは消えた……。

その頃の山口城。
隆房が造反した後、毛利家が桜尾城を接収したという知らせがもたらされ、都合計二つの「勢力」が離反したことになった。有川昌興はどちらも力でねじ伏せることが可能であったにもかかわらず、直ぐには動こうとはしなかった。
隆房の元には千寿がいる。戦となれば、兄弟が相争うこととなるのだ。そんなことは、昌興も望んでいないし、千寿を深く愛している父・松宛も悲しむだろう。ここは何とか穏便にすませたいと考えていた。隆房の不忠には薄々勘付いていたくらいなので、今回のことは想定内だった。しかし、昌典が、「話し合いの上」それでも「拒絶されたのならば」武力による接収もやむなし、という命令を完全に無視して、敷山城を強引に奪い取った。この件が関わっているから、すべての罪を昌典に擦り付けて、隆房に譲歩し、なんとか矛を収めさせるこはできないだろうか。
千寿のことがなかったとしても、武力で隆房を制圧しようなどとは考えていなかった。誰の目にも、隆房が気勢をあげてみたところで、勝ち目はまったくないことは明らか。ならば、無用な争いはやめるよう説得し、なにか不満があるというのなら、それを和らげるよう便宜を図ってやっても良かった。敷山家と和議がなった以上、畿内へ向けて領地は拡大しつつあったのだから、隆房に多少なりとも忍耐力があったなら、敷山にかわる新しい領地を補填することもできたし、活躍の場とていくらでもつくってやれた。それなのに。
それから、毛利家のほうも、疑わしい点が多々あった。毛利元就の偽造された書状がばらまかれていた、ということは何者かが、有川家と毛利家の仲を引き裂こうとしていた、ということ。つまりは、そうでもしなければ、引き裂けないほど、両者の友好関係は盤石だったとも言える。そして、桜尾城の件に、毛利家譜代の家臣らではなく、敷山隆邦が追放したれいの、高祖帯刀という者が関わっていた、という第二、第三の報告が入ってくるのを聞くうち、これはあの男の一人芝居で、毛利家には悪意がないのではないか、と思えてきたのである。
「兄上には珍しく、すぐにも不届き者を成敗しよう、とのお気持ちはないようですね」
御前に詰める昌典が白々しいことを言う。帯刀同様、防長の地が目茶苦茶になってくれた今こそが、昌典にとって絶好の機会。兄が頑として動かずおとなしく城の中にいるこの状態では何もできない。
「慌てることもあるまい。それとも、急がねばならぬ理由でもあるのか?」
昌興はそう言ったが、特に昌典に対して鎌をかける意識はみじんもない。それは昌典にも通じたので、当たり障りのない方法で焚き付けた。
「我らはよくても、敷山隆邦はこの好機を放っておかないでしょう。すでに出陣の支度をすませておるとか。毛利家に向かうより先に、我らの不忠な弟がいる城へ向かうことでしょうな。あやつらには『兄弟の情』などありませんから、どうなることか。兄上に遠慮して、馬鹿な弟を見逃してくれるでしょうか?」
「我らの間には『盟約』がある」
昌興は絞り出すように言った。そんなことが役に立たないことは分かっていたが。
「では、すぐにあやつらに使者を遣わし、無能な弟の命ばかりはお助けを、と」
「そうする」
昌興がそう言って相良を呼びつけたのを見て、さすがの昌典もあっけにとられた。
(まさか、ここまでの馬鹿とは……)
いつものように、転がり込むようにして現れた相良に向かい、昌興は厳かに命じた。
「隆邦殿に使いしてくれ。陶の地は好きにしてかまわないが、千寿と隆房については我らに引き渡すようにようにと」
昌典が嫌味ったらしく付け加えた。
「言うまでもないことだが、『生きたまま』引き渡すように、と一応付け加えよ」
「ええええ、その……千寿様はとにかく、陶までも? それはちと無理なのでは」
さすがの相良も特に隆房憎しとは無関係に、素直に思う所を述べた。
「あれも我らが『身内』だ」
そう言い残して、昌興は奥の間に引っ込んでしまった。昌典とともにその場に残された相良はこの無理難題をどうすればよいのか、またしても汗だくに。
「安心しろ、『気休め』だ。仮に、あやつらが生きて帰って来なかったとしても、それでそなたが罪に問われることはない」
昌典が助け舟をだしてやった。陶まで「身内」と言ったのは、恐らく我が母の関係者だと言いたいのだろう。昌典はまたしてもどうでもいいことで心中穏やかではなくなった。あの男が「身内」であることは、昌典にとって己の力ではいかんともしがたい「事実」。忘れてしまいたかった。