第八十八話:パイレーツ・オブ・セトウチ

宮島の桟橋を渡ってさほど遠くないところに要害山への登り口があった気がする。要害山は月山富田城にも。要するに、天然の要害みたいな山は要害山だから、全国各地に大量にある。要害として使われたから要害山と呼ばれるようになったのか、要害山と呼ばれるような山だったから要害として用いたのか? どちらのケースもありだろう。
近世の城郭には立派な天守閣や、美しい石垣が付き物だが、中世の城は山城であれ平城であれ、「見映え」を良くするための工夫などしていない。立派な天守はなるほど、城主の権力の象徴ではあろう。それに、太平の世になってから造られた城にまで、防御設備はちゃんとある。ガイジンでなくとも、お城大好き日本人のなんと多いことか。でも、千寿たちの時代は戦国乱世へのほんの入り口。立派な天守閣なんてないのだ。
だいたい、城は戦の為の施設。住んでいた拠点が戦場となれば、館を逃れて詰めの城へ逃げ込む。しかし、住処からほど遠い場所で合戦となれば、仮の城を建てたりする。そういうのは使い捨てになることもあり、そもそも自然の地形を存分に利用するから、「城跡」なんて木々に埋もれて今は何が何なのか、郷土史家の先生に頼まなければさっぱりだ。
さて、その要害山に毛利家はせっせと城を建てていた。造っても造ってもなぜか地震が起きて壊れるので、築城奉行を任された乃木孝盛はついにブチ切れた。
「いい加減にしろ。これは俺のせいじゃない。こうたびたび揺れるんじゃ造れねぇ。あの優男、この俺に土木工事の命令なんぞ。ふざけるな。あやつも新顔だというじゃないか。何デカい面してるんだ?」
だいたい、「他人の意見をまともに聞かない」「人を信じることをしない」「報酬が割に合わないと出ていく」というとんでもない家臣・乃木孝盛のこと、尼子家を裏切り、隆房を裏切り、有川家を裏切り、毛利家にやって来た。
「桜尾城を明け渡し、その後いくつかの課題をクリアしたら、毛利家で譜代の家臣と同列に扱う」と言われ、平然と髙祖という男を城内に迎え入れたのがつい先日のことだった。孝盛のような男に言わせると、家来は「家」ではなく「金」につくものだから、その腕を買い、待遇を上等にしてくれるならどこへでも行く。何しろ忠誠値が「14」だ。かなり注意深く取り扱わなければ、すぐにいずこかへ消えてしまう。千寿がこの男を尼子家から引き抜くのにかかった時間はわずか半日。帯刀も二日であった。
千寿が留守の間、隆房は四国の小城に置き去りにしたこの男などほったらかしにしていた。だから、同じ有川家の中なのに、相良に金を積んで「中央」に引き抜いてもらう、なんぞという奇怪な工作を行って逃げていった。だが、相良も単なる礼金目当てだから、引き抜いた後はほったらかしていた。千寿と髙祖以外にこの男の造反フラグなど見える者はなかったから、せっかく中央に呼ばれたのに、殿様の配下として戦場に出してもらうこともなく、そこらの小城で留守居役などさせられたまま放置。
言われなくても出て行こうと考えていたところにやって来たのが毛利家だった。桜尾城は実はゲーム機から確認できない。れいの、ゲーム運営の手抜きだ。だから、千寿はその存在を知らなかったのだが、帯刀は九州から安芸国へと逃れる途中で目をつけていた。千寿が存在を知らない城、つまりは、なんの捏造も加えられていないボロい城だった。それでも、帯刀がこの城を手に入れたかったのにはわけがある。
「陶の首を洗うのはこの城で、と決まっている。そのためにも、そなたにはしっかりと『築城術』をやってもらわねばな。陶軍を誘い込んで暫く持ち堪えれば良い。海賊の砦だとでも思っていろ」
帯刀の妖艶な笑みを思い出して、孝盛はさらに気分が悪くなった。
「何が海賊の砦だ。冗談じゃねぇ。この俺様が入るんだ。豪勢におっ立てろ!!」
そうやって張り切って土台を固め、どうにかこうにか城「らしき」ものを造ったと思うと横揺れだ。
「くそっ、いい加減にしやがれ!!」
孝盛は人夫たちをほったらかして、遙かに眼下を見渡した。瀬戸内の海はすぐそこだ。そう、今は民家が迫っている辺り。この当時は海だったのである。だから、この城はマジで「海賊砦」風に造れそうであった。
ちょうど一艘の船が、風のように通り過ぎていくのが見えた。
「よっ、頑張ってるな!!」
何やらバンダナ……いや、この時代だから、はちまきというのか。そんなものを頭に巻いた日焼けした若者が船上から声をかけてきた。
「あの野郎……。ナニサマのつもりだ……」
汗だくになっている孝盛は風を切って通り過ぎていく若者を恨めしそうに眺めた。
(もう一度ぶっ壊れたら、毛利家なんぞ出て行ってやる……)