第八十七話:謀多き者

宮島大江浦。
山中から「何一つない」海を指さした陶晴賢は怒っていた。
――船は? 船はどこだ?
そこへ、漕ぎ寄せる毛利元就と優秀な三人の息子が乗り込んだ船。
――晴賢殿、謀多き者は勝ち、謀なきものは敗れる。潔く自害なされ。フフフっ。
上から目線の嫌らしい爺、毛利元就が嘲笑う。

「うるさーーい。死ぬのはお前だ!!」
いきなり跳ね起きた千寿に隆房はびっくりした。
「どうした? 怖い夢でも見たのか?」
千寿は幼子のように隆房の胸の中に身を任せ、微かに身を震わせていた。それが、文字通り「怖い夢」のせいだと思い、隆房はぎゅっと抱きしめてやる。怖いものなど何もないぞ、と。千寿が震えているのは、怖いからでもあったが、怒りのためでもあった。あの忌々しい史実ムービーの画像が脳裏から離れないのだ。
「殺してやる……殺してやる……死ぬのはお前だ……」
「おい。怖いことを言うな」
有川家と戦闘状態になったということは、敵は彼ら。千寿が兄たちを殺してやるなどと恐ろしい言葉を吐くなど、隆房は信じたくなかった。
「隆房様、必ず毛利元就と、三人の息子、それに、村上水軍、あいつら全員殺すからね」
「な、またしてもあやつらか……」
隆房は拍子抜けした。
「まさか、兄上と断絶したからと言って、千寿が真っすぐ山口へ向かい、兄上を殺すとでも?」
軽蔑の眼差しで見上げる千寿に、隆房は言葉もない。本当は、むごいと知りつつ、そうしてくれたら、怖くなくなるのに、と思っていたが。
「要害山に城を建てる、と言ったよね?」
「あ、ああ」
隆房は適当に相槌を打った。
「あそこを囮の城にして、毛利元就をおびき出す」
「囮の城?」
「そこで、隆房様が鮮やかな奇襲を決め、毛利元就の首をあげる!」
すくっと立ち上って右手をあげる千寿を見ながら、隆房は心中、毛利家のような弱弱しい連中を倒したところで何の意味もない、などと考えていた。しかし、いきなり山口へ行くのは怖いので、それも良いだろう。囮の城だかなんだかは意味不明だが。
「しかし、我らがその、要害山へ行っている間、ここはどうなる?」
それこそ、空の城を容易く奪われてしまうではないか。有川家はとにかく、敷山の父祖伝来の地以外、何一つ持たぬ敷山家は真っ先に攻め寄せて来るはずだ。
「攻めてくるのが敷山の連中なら対処するのは造作ないよ。何しろこれがあるし」
千寿はゲーム機を見せる。
「兄上が相手だと、いきなり大地震とか気の毒だけど。ただし、隆房様のために敷山城を取りもどすのは少し待ってて。先に攻めてくるのは絶対にあやつらじゃないと困るんだよ。あいつらを緩衝材として、兄上の進軍を食い止める。その間に毛利家を潰すよ」
よく分からないところもあったが、隆房はなんでも千寿に従う。ゲーム機さえあれば負けるはずがない。ただ、千寿の機嫌をそこねてしまい、ゲーム機を使ってくれなくなったら困る。
「えーーと、毛利家と要害山は今どうなっているだろう?」
千寿がゲーム機の画面を覗くと……
「え? 『宮尾城』? なにこれ? いつの間に?」
要害山があるはずの場所には、つい最近まではなかったはずの小城が建っていた。毛利家の旗印が翻っている。
要害山はゲーム機上の地図にはなかった。つまり、捏造を加えられない場所だった。しかし、目に見えている以上、この宮尾城とやらは壊せるだろう。千寿は遠慮なくぶち壊した。
「毛利家のやつら、宮島に渡っているよ」
千寿の説明をきき、隆房も不快になった。
「何? 宮島は大内家の時代から我らの……」
「隆房様のっていうよりは、大内家のだよね?」
千寿は軽蔑した。
毛利家がせっせと「囮の城」を建てている。これは偶然だろうか? なおも確認すると、毛利家家臣の中に、ひときわ目立つSランクの男が……。
(げ、こいつ、雇われたんだ……。毛利家の悪巧みの噂にさらに尾ひれを付けてやろうっと)