第八十五話:詰問使

毛利元就には優秀な三人の息子がいた。嫡男の隆元、次男の吉川元春、三男の小早川隆景。本家を継ぐことができるのは当然、嫡男の隆元のみ。ならば、次男以降は臣下にくだる運命だ。しかし、狡賢い元就は、周辺の同じ「国人仲間」吉川家と小早川家を「騙し」次男を吉川家、三男を小早川家に養子に入れそれぞれの家を継がせるというとてつもない陰謀を巡らせ、三人とも「当主」の座に就けてしまった。本家は早死にした隆元に代わって嫡孫・輝元に引き継がれていき、次男、三男は毛利両「川」などと呼ばれて、毛利家と対等みたいなでも別の家でもある謎な関係のまま、本家を支えつつ彼らの子孫が受け継いでいった。小早川のほうは子なしで、後に羽柴秀吉とかいう猿のような男の身内を養子にさせられたりしたが、そんなこと、先の『両川』も含めて、千寿や隆房の知った事ではない。
が、歪んだ空間であるここでは、小早川、吉川は有川家にとっくに降っていたから、元就が次男以降について「工作」することは無理だった。史実的には、次男の元春が隆房より九歳かそこら年下。三男はもっとガキだ。厳島の戦い時点で、隆房はすでに三十五歳だったから、三兄弟はともに活躍できる年齢であったが、何もかもが無茶苦茶のここでは、まだガキである。よって、普通に登場しているのは、せいぜい隆元だけ。見ればわかるように隆元の「隆」は大内義隆の「隆」。妻の尾崎の局は内藤家の女だが、義隆の「養女」として隆元に嫁いだから、何気に舅と婿。それなのに、毛利家は大内家なんぞ潰れようがお構いなしだった。
尾崎の局の実家は、有川家で内政に長けた重臣として引き続き重用されていたし、現状、オンボロな吉田郡山だけでのんびり暮らしている毛利家から見たら、どう考えても歯が立たない有川家と喧嘩するよりは、友好的なふりをしていたほうが得……というより、それ以外に生きる道はなかった。
そのようなところに、高祖帯刀という化け物がやって来た。当然この男についての情報は、すでに毛利家にも届いている。有川家と敷山家が結んでいる以上、こんな男に家来になられたりしたら「迷惑」であった。
「高祖殿、我らは財政難です。新たな者を召し抱える余裕はございません。お引き取りを」
隆元はやんわりと追い出しを試みた。ところが、帯刀はその場を動こうとしなかった。元就が隆元に目配せし、「追い出し料」を払ってやれ、との合図。隆元がその手配をしようとした時、またもこの男が傲慢不遜なことを言いだす。
「わたくしがこちらに参りましたのは、『給与』のためではありませぬ。離れに一室、あばら屋でもあてがってくださればそれで結構です」
「き、きゅうよ? いやその……あばら屋であろうとなんであろうと、貴殿に住み着かれては困るのです」
帯刀はフフッと笑った。
「有川家が恐ろしいですか? さもありなんとは存じますが、わたくしを召し抱えてはならぬという決まりはないでしょう。我が願いは、敷山家を潰すこと。貴家が有川家の配下に入っていようがいまいが、そんなことはどうでもいいのです」
「いやしかし、有川家と敷山家が結んでいる以上、敷山家に『嫌われている』貴殿を召し抱えることはあまり好ましくないでしょう。それに、元主である敷山家を『潰し』たいなどと……ご一門でしょうが」
お人好しの隆元はたじたじになりながらも、必死に追い出そうと頑張った。
「元主である大内家から離反した貴殿らに言われたくはありませんな。ご安心なさいませ。敷山隆邦はただの戦馬鹿。戦馬鹿に戦をするな、というのは酷なもの。もって一月というところでしょう。あやつらが互いに争えば、防長の地は目茶苦茶になります。貴殿らが翼を広げて飛び立つのには、またとない機会では?」
隆元はうろたえた。もはや、戦のない平穏な暮らしが当然と思っている。防長の地が無茶苦茶、などということになれば、戦は安芸国にも飛び火するかも。やめて欲しい……。
長い「下積み」人生を過ごした後、老境にかかってようやくその存在を天下に知らしめた稀有の謀将・毛利元就。だが、ここではランクCなので、迷惑な高祖帯刀をつまみ出すよう家人に命じた。
「頼むから、我らをそっとしておいてくれ。アホらしい」
「本当にそれでよろしいのですか? このままでは、有川家の下で悶々としているだけではすまなくなりますぞ。敷山隆邦は無能な男。あんな連中にこの安芸国を奪われてもよろしいので?」
よろしいので? と言われても、この男がエラそうにべらべらとまくしたてているように世の中が動く根拠などどこにもないではないか。
「見くびらないでいただきたい。この世の中で、『S』ランクとなっているのは、有川三兄弟を除いてはこの高祖帯刀をおいて他にないのです。残念ながら、貴殿らはご家中の者も含め、すべてランク『C』にされておりまするぞ」
「な、なに? らんく? しー?」
「それにえす?」
元就と隆元は同時に叫んだ。無論その意味はまったく分からない。
「これはすでに、この世界で定められた運命ですので、お諦めに。今頃、有川家の小僧は陶隆房の城内にいるはずです。あの男が叛き、敷山家とも開戦となれば、有川家も安泰とはいきますまいなぁ」
「お諦めに」と言っているところからみて、らんくしーとかいうのは、好ましいものではないようだ……。しかし、あの陶隆房にまでウロチョロされたら毛利家にとって限りなく迷惑であった。父から目配せされ、隆元は「追い出し料」の準備をやめた。「暫く傍に置いて様子を見よう」という父の意向を悟ったからだ。
「それで、有川の小僧というのは、確か……あの昌興殿の末の弟であるな?」
元就は思わず身を乗り出していた。